おわりのくに

有城もと

プロローグ

 『おわりのくに』

                              

 プロローグ

 

 鼻をつくアルコールの匂いで、黄色い髪の少女は目を覚ました。

 眼前には缶チューハイの空き缶。洗濯物と一緒にぐちゃぐちゃに丸まり、渾然一体となった布団。そして、その上に覆いかぶさる様にして黒いワンピースの女が寝息を立てていた。

 少女はもう一度目を閉じ、仰向けで背伸びをする。汗を吸って肌触りが悪いタオルケットを蹴飛ばして起き上がると、縦に一本光が走るカーテンの隙間を見つめながら、肺に溜まった重たい空気を吐き出した。ただ、起き抜けの深呼吸は、光るホコリの粒をふりかけた酒とタバコと香水の匂いをより濃く感じさせるだけで、余計に気分が悪くなるだけだった。

 

 足を置く場所を探しつつハンガーにかけたセーラー服を取り、頭から被る。折り曲げて短くしたスカートを穿く。くるぶしまでの靴下を発掘する。なるべく物音は立てないように部屋を出て、顔を洗う。鏡に映るのは、いつも不機嫌そうな母親と同じ顔をした自分で、目を合わさず傷んだ髪を後ろに束ねる。サボテンになった灰皿の横には五百円玉が一枚。ポケットにつっこんで、家を出る。後ろで蝶番が悲鳴みたいな音を立てる。彼女の朝は、いつもこうだった。何年も前から。

「いってきまぁす!」

「走ったらあかんよ! ちゃんと前見て!」

 眼下の広場では黄色い帽子とランドセルがひょこひょこと飛び跳ねている。その背を母、あるいは父が見送っている。古ぼけた団地の、幸福をそのまま切り取ったみたいな光景。それを横目に見ながら学校へ向かう事が、少女には苦痛でしかなかった。あまりにも普通で、あまりにも自分には無関係だと突きつけられているようで。

「……しょうもな」

 階段を降りた少女は通学カバンを忘れた事に気づいたが、どうせ何も入ってはいない。構わずに歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る