第24話:兄弟喧嘩

「それは違う」


 その時、タルヴォさんの声がした。


「このシラカンバは、俺が植えたんだよ。兄さん」


「愚弟か。裏切り者め」


「アレクシアに、研究させて貰っていた」


 悲痛な声を掛け、族長の怒りを身に受けて。

 静かに頭を下げる弟に、兄の顔が凍りつき、何度も首を横に振った。


「聞いているぞ。お前が悦楽薬オンネリネンを売り捌いていたと。……信じたくはなかった」


「それは謝る。森を出たエルフの中には、人間に復讐しようとしてた奴らも居たから、彼らを止める手段を選ぶ余裕がなかった。ただ、こいつの解毒剤は完成させた」


 二人が話し合う裏で、俺の背中を御者さんが叩く。

 やっと金縛りから逃れられて、彼女にこっそりお礼を言って。


「その程度の謝罪で、俺を止められるのか」


「俺はちゃんと裁きを受ける」


 大きなハサミを取り出して、自分の耳に当てるタルヴォさんと。


「おまっ、正気か?」


 まさか、そんな事はありえないと驚いたエルノ族長から。


「ッッッ!! どうだ……!」


 俺は目を逸らした。


「父娘揃って、大馬鹿者が」


「いてて……これが俺の贖罪だ。それで今度は、俺から兄さんに文句をつける番だ」


 ここまでが、タルヴォさんの台本だった。

 耳を切り落とし、自らの不義を族長に謝罪して。

 アレクシア様の理想を分からせてやると言っていたのだが……なんかいきなり即興劇アドリブが始まった。


「その覚悟に免じて、聞いてやろうか。愚弟タルヴォよ」


 ただ、族長はどうやらその要求を受け入れた。

 タルヴォさんはなにやら小瓶を取り出して、中の真っ黒な液体を口に含む。

 そしてめちゃくちゃ苦そうに飲み込むと、彼の四肢がアレクシア様のように、魔力で構成された虹色の鱗で覆われた。

 あ、凄く嫌な予感がする。と、止めようとしたが。もう遅かった。


「ちょっと千年くらい先に生まれたからって、いつまでも偉そうにしやがってぇぇぇ! 一発殴らせろクソ兄貴ぃぃぃ!」


「ごふぅっ!」


 エルフ界最強のエルノ族長でも反応しきれず。

 その少年のような体が高々と宙を舞う。


「そこまでするなんて聞いてないぞ! 兄弟喧嘩のケリつけるってしか言ってなかっただろ!」


「うるせぇぞアルバート! これは俺の戦いだ!」


「がっ!」


 なんでエルフってこんなに武闘派なんだろ。こないだので学習しとけばよかった。

 でも、今回のは最初からここまでずっと、タルヴォさんの計画だったのかな。


「大体なんだクッソ偉そうに! てめぇがシラカンバ燃やしたせいで、解毒剤の研究何百年遅れたと思ってやがる!」


「がふっ!」


「それに ”色々あって”じゃねぇよ!! エルザにフられた~って泣きながら同盟破棄したの隠してんじゃねぇ!」


「おふっ!」


「挙げ句の果てにアレクシアとどっちが豊かにできるか競争? てめぇ魔法以外なんの取り柄もないだろ勝てると思うな!」


「げぶっ!」


 うっわ五発も殴った。一発って言ったのに。

 空中から落ちる暇もなく連撃を食らった族長が墜落してきて、弟は肩で息をしながら彼の前に立つ。


「ザマァ見ろクソ兄貴、これがアレクシアの暗殺のために作った超力薬バフボースの力だ……!」


「薬を使わんと戦えんのか愚弟が!」


「研究者だからな! 俺の頭だぞ、卑怯とは言わねぇだろ!」


「確かに……言われてみればそうだが……なら俺も戦士だ、拳で戦ってやろう!」


 更に怒鳴り合い、エルフの兄弟は拳を交える。

 族長、結構手加減してるのかな。と感じた。魔法使えばいいのに。

 魔法も使ってないのに、薬物投与ドーピングしたタルヴォさんと戦えるのは大概おかしいと思うけど。


「結構。天然ですわね。あのご兄弟」


「あぁ、ヒルダさん。近隣住民の避難は終わりました?」


 そんな風に、もはや巻き込まれたら死ぬと腹をくくっていた俺は。

 さっきまで乗っていた馬車の御者の格好をした、ヒルダさんに手を振った。


「勿論。でも杞憂ですわ。姉妹喧嘩でしたら私も経験ありますし」


「え、意外ですね」


「お恥ずかしい。まぁどうせ、いざとなったらその辺に皇室庁が居ますので、大丈夫ですわ」


「死にたくないなぁ。ってのが率直な感想ですけどね」


 俺もヒルダさんも、タルヴォさんの暴走に少し自棄が入っていたと思う。

 能天気にスポーツの試合でも観るように、人智を超えた速度で殴り合う兄弟を観ていた。

 こんな近くではどうせ死ぬし、一般臣民を逃がせたならそれでいいし。最悪アレクシア様がなんとかするでしょと。


「族長。相当手加減していますし、大丈夫でしょう。はた迷惑なじゃれ合いですが」


「公園課とかブチ切れると思いますけどね。まぁそれは必要経費ということで」


 どごぉっ! とか ずぎゃぁん! とか。

 もう目で追えないから見てもいないが、破壊される公園から飛んでくる瓦礫を払い除けて。


「同意です。さて、情報部のエルフについての追跡、これで一区切りですわ」


「空振りになったみたいで」


「いいえ。我々捜査局は臣民の安心と安全を見守っていますから。空振りこそ最大の成果ですわ」


 自暴自棄に笑い合っていると、いつのまにか静かになっていた。


「タルヴォさん、大丈夫か?」


「俺は……まだ倒れてねぇ……」


「貴様ら……グルだったとは……」


 最後のクロスカウンターを決め合った格好のまま、二人は動かなくなっていて。

 とりあえずタルヴォさんの心配をすると、エルノ族長は当然咎めてきた。

 ただ、本気を出した方と全く出してない方だし。


「エルノ族長。やろうと思えばいつでも殺せたでしょ」


 族長に軽く説教をすると、彼は一度押し黙った。

 そしてばたんと仰向けに倒れて。


「俺が、間違っていたのか? 分からなくなった」


 本当に泣きそうな声で、そう言った。

 顔を覆い、嗚咽が漏れる。


「俺だって間違った。他に手段がなかったからって、悦楽薬オンネリネンの密売に手を出しちまった」


 そんな兄につられて、弟も鼻をすすり。

 頬を伝う涙とともに、感情をぶつけていた。

 

「でも、それでも、兄さんとアレクシアに戦争してほしくなかった! 帝国と俺たちエルフが一緒に歩けるようにしたかった!」


「タルヴォ、お前も俺たちのことを、ずっと考えてくれていたのか」


 抱き合う二人。色々と想定と違うけれど、多分、想定より遥かに良かった。

 つられて出た涙を拭いて、俺たちは裏方に徹しようと、ヒルダさんに目配せする。

 彼女は馬車に戻って、俺は二人の手を取って引き起こした。


「アルバート。いい接待だった。明日の本番、楽しみにしておくぞ」


 あ、名前で呼んでくれた。

 それが本当に嬉しくて、自然と大声になっていたかもしれない。


「そのために、我々も準備を続けておりましたので。思う存分お楽しみいただければと!」


 うるさいなぁ。と族長がぼやき、タルヴォさんが彼の肩を叩く。


「兄さん、傷薬。どうせ魔法で治せるし、要らないだろうけど」


「……お前の薬を付けるのは何年ぶりだろうな……ありがとう」


 良かったな。タルヴォさんも。

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