第23話:エルノ族長

 通常業務もろくにせず、必死にダンスの練習とリハーサルに明け暮れて。

 ついでにタルヴォさんのメモからエルノ族長の攻略法を考えて、色々と手配して。

 最後の三週間は飛ぶように過ぎていき、いよいよ祭りの前日になってしまった。


「よろしくお願いいたします。エルノ族長。私がご案内させて頂きます」


 何台かの馬車に分かれているエルフ御一行様。

 本当はエルノ族長に、以前神官たちを連れていったコースを案内する予定なのだが。

 恐らくそうはならないだろう。


「うん? 貴様どっかで……あぁ、地上げ屋か」


「その節は大変失礼を致しました。エルノ族長」


「良くまぁ顔を出せたものだ。呆れた根性だよ本当に」


 畏まって彼の言葉を受け流す。

 ふふ、お前の思考はもう読んでいるからな。ケツ割られた恨み、覚悟しろよ。


「以前申し上げました通り、私はエルフの皆様と帝国のより深い関係を望んでおります。故に、エルノ族長に我々のことを直接見て、知っていただきたいのです」


「御託はいいから俺を楽しませろ。地上げ屋」


「そのために参りましたので、よろしくお願いいたします」


 俺は儀礼的に頭を下げる。

 すると、彼は言いづらそうに耳打ちしてきた。


「……流行病の薬、ロニアに取り次いで手配したのはお前らしいな」


 ここも想定通りだ。

 神官たちはタルヴォさんの事は言わなかった。言えるわけないとは思うけど。

 それなら、恐らく次も台本通りに行ける。


「ロニア教授は、私の恩師にございます」


「礼を言わねばなるまい。俺は薬作りが苦手でな」


「勿体ないお言葉を」


「”感謝は旅の荷物にならない”という俺たちの諺がある。素直に受け取れ」


「では、ありがたく頂戴いたします」


 恐らくこれは、本物の感謝だろう。

 それはありがたく受け取り、俺は目の前で急に不敵に笑うエルノ族長を見据えた。


「ただし。俺は貴様が用意した接待を望まない。蛇女が用意したこの帝都に望むものはない。もし見たいものがあるとすれば、貴様らが見せたいとも思わないものだ。それを見せられるか?」


 ふふん。意地悪したつもりかね族長。

 数々のアドバイス、本当に為になりましたよ、タルヴォさん。


「このような仕事をしておりますので、一つ心当たりがございます」


 今、こいつを連れて行くのでお楽しみに……!

 そんな後ろ暗い情熱を注いで、俺は手に隠した笛を吹く。

 一部の獣人にしか聞き取れない音色が流れ、俺たちを乗せた馬車を操る御者の女性が、ぴくりと耳を動かした。


「公園か……趣味が悪いな蛇女は。シラカンバなぞ植えおって」


「元々はあの樹に覆われた森だったそうです」


 御者の方に会釈をして、馬車を降りる。


「知っとるわ。姪の弟子だと言うなら、悦楽薬オンネリネンという薬を知っているな。父があの薬の製造のために、大昔にシラカンバを植えていた森がこの帝都だ」


 すると族長は顔をしかめ、シラカンバの樹を忌々しそうに見て昔話を始めた。


「遠い昔、まだ俺の父が族長だった頃。貴様ら人間たちが村を作りたいと言ってきた。鬼や獣人どもに追われシラカンバの森に逃げ込んだ貴様らに、俺は森を売った。こいつを一本残らず切るという約束でな」


 建国神話からするに、二千年くらい前かな。

 何歳なんだろう、エルノ族長。……本当に、寂しそうだ。


「数百年ほどして、古龍の力を得た貴様らは契約を破り、俺たちにシラカンバを売り始めた。すぐに鬼と同盟を結び、貴様らの村を焼き払おうと戦った。そこに現れたのが蛇女だ」


「アレクシア様のこと……ですね」


 タルヴォさんが来るまで、黙って聞いていようと思った。

 ただ、族長が人間を、帝国を憎む気持ちも分かってしまったから。

 自分たちのことを守ろうとして、ずっと頑張ってきたんだなと、さっきまでの後ろ暗い感情はどこかへ行っていた。


「その後は色々あって、シラカンバの絶滅を条件に協約を結んだ。殺し合うのは馬鹿馬鹿しい、というのに同意したのもあるが」


 遠い目で、悲しそうな顔をする。

 裏切られたと思っているように、真っ白な樹を撫でて。


「それで? 蛇女は、我々を今度は薬漬けにしようというわけか」


 その一本がみるみるうちに枯れ、恐ろしい魔力の片鱗を感じた。

 息を呑み、これは殺されると。帝都を滅ぼす気だと。アレクシア様と戦う覚悟をしたのだと。

 瞳の中に燃える、真っ黒な炎に吸い込まれるように、俺の体は完全に動かなくなった。

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