第14話:タルヴォさん
しばらく、ザフラはふんふんと上機嫌に鼻歌を歌いながら雑誌を読んでいた。
俺は破られたシャツをちくちくと縫い合わせていて、とりあえず買い物でも行こうかなと考えていたところ。
なにか忘れてるようなと首を傾げると、彼女が申し訳無さそうに言ってきた。
「ごめん……そういやあたしは休日だけどさ」
「ん?」
「アル、アンナ連れてどっか行くとか言ってなかったっけ?」
「やっべ」
タルヴォさんと会う約束してたじゃん。今何時だよ。
それに気付いて血の気が引いて、壁の時計を見ると既に15時。
慌てて服を着ると、全力で公園に向かった。
「こんばんは、タルヴォさん」
「遅い」
もう日が沈みかけていて、不機嫌そうな彼は短く文句を言った。ごもっともです。
普段の俺なら全力で言い訳して、なんとか怒りを収めようとするんだろうけれど。
「言い訳はせずに言うとだな。昨日の夜からさっきまでプロポーズしてた」
自然と口をついて出た正直な言葉。
タルヴォさんは少し固まった後、フードを握って顔を隠すと、肩を震わせた。
「ふっ……ふふっ……受けてもらえたのか?」
「あぁ。百周年祭が終わったら結婚式を挙げようと思ってる」
笑ってる? と感じて。
彼の問いかけに、何も繕わずに答えると。
「あはは! お前面白いな! おめでとう!」
彼は大口を開けて、まるでラリったミルカたちのように。
目深に被っていたフードを外し大笑いして、大きな拍手で祝福してくれた。
素顔はやっぱりエルノ族長によく似た美少年だったようだ。
「ありがとう、タルヴォさん」
「奥さんはどんな人間だ?」
「雌獅子の獣人だよ。金色の毛並みの、綺麗な人」
素直に答えると、タルヴォさんは一度目を閉じ、満足そうに唇を結ぶ。
少し何かを考えていたようだったが、もう一度目を開くと俺の肩に腕を回した。
「いいな! 異種族とは素晴らしい! 久しぶりに面白いと思った人間だぞ! 薬でもやってるのか?」
「
「それは人間に効果はないが、エルフの薬にも詳しいのか。ますます気に入ったよ。まぁ座れ。酒を用意しよう」
渾身のエルフ魔法薬学ジョークだったが、理解してくれたらしい。
久々に話の通じる相手に、俺も嬉しくなって。
テーブルを挟んで向き合うと、彼はとくとくと謎の酒を注いだ。
「一応、仕事中なんだが……」
「結婚した日に酒を飲まないと神罰が下るぞ」
ま、たまにはいいかな。
木のコップを打ち合わせて乾杯して、一息に飲み干す。
何かの果実酒だろう、爽やかな香りと炭酸が喉を潤した。
「で?
「まず、いい顔をしないかもしれないんだが、俺たちの目的について聞いてから話してくれると嬉しい」
「いいさ。聞いてやろう」
受け入れてもらえた。
正直に話してよかったと、俺はカバンから資料を取り出す。
テーブルの上に広げ、アレクシア様のエルフの森電化プロジェクトについて、包み隠さずに説明する。
興味深そうにふんふんと頷いていたタルヴォさんは、やがて納得したように酒を飲んだ。
「……いいじゃないか。そもそもあの土地はエルフのものじゃない。神のものだ」
「宗教的な掟ってことだろ? 尚更難しいんじゃ」
「そうでもないさ。昔は森のほうが都合が良かったから、エルフの森なんだ。豊かに暮らせるよう作り変えろと、聖典にも書いてある」
もう少し微妙な反応を予想していたが、返ってきた答えは全面的な肯定だった。
少し拍子抜けしつつも、これなら都合がいい。
「ってことは、神官は納得させられる?」
「本当に豊かに暮らせるならな。まぁ俺としては、あの女と約束した、この帝都こそがその答えだと思うがね」
あの女? 誰だろう。
それが少し気になって聞き返すと、彼は穏やかな顔をして、昔を懐かしむように話しだした。
「アレクシアだよ。あの怪物を暗殺しようなんて馬鹿なことを考えた俺に、”この帝国をエルフが見てもひと目で豊かだと分かるようにするから、戦争はもう止めて一緒に歩こう” そう言ったんだ」
「ふぁっ!?」
「だから俺は、あいつが結んだ編入協約に従って、一緒に歩きたいんだ。まぁあの後、兄貴とは大喧嘩したから今ここにいるんだけどな」
俺も男だし、昨日プロポーズしたから分かるぞ。タルヴォさん、アレクシア様に惚れたんだ。
ありえんほど美人であらせられるからなぁ。なんて考えながら話を聞いて。
ただ、一緒に歩きたいって割には、行動が伴っていないような気がすると咎めた。
「
「外に出たエルフが下手に暴れてはアレクシアとの約束を果たせないから、
文句を言うと、バツが悪そうな顔をした彼は、理由を素直に話した。
協約を結び森を出たエルフ達が帝国に復讐しないように麻薬で骨抜きにしていた、と言うのは外道だが理解できる。彼らの問題だし追求する気はない。
しかし、その後の話が問題なんだ。俺にとって。
「解毒剤は俺の
引き攣った顔で、カバンから小瓶を渡す。
タルヴォさんはそれを開けて、小指につけてペロッと舐めると顔をしかめて。
自分の舌でしばらく薬効を確かめると、俺に向かって拍手した。
「俺の研究百年くらいに、その若さで辿り着いたのは正直尊敬するが。再発明になったな」
「ロニア教授も褒めてくれたのに……」
アンナみたいにテーブルの上に潰れて、先駆者になれなかったことを嘆く。
思わず恩師の、”耳を切ったエルフ”ロニア教授の名前を口にすると、彼は驚いたような顔をした。
「”耳なし”ロニア?」
「知ってるのか?」
「アレは俺の義理の娘で、一番弟子だった。……元気かな」
長い耳を切り落とす、と言うのはエルフにとって死よりも屈辱的な行為とされる。
教授は戦災孤児で、帝国との戦争に反対して自ら耳を切った反戦派の方だったらしい。
そのおかげで人間だと勘違いされていて、若返りの秘薬を研究してると他学部の学生に思われていたな。
やっぱり、仕事が一段落したら会いに行こう。
「えぇ。元気に薬混ぜてましたよ。十年くらい前ですけど」
「俺達にとっちゃ誤差だ。しっかし、孫弟子がいるとは嬉しいなぁ」
どこか遠い目をしたタルヴォさんは、果実酒をまた注いた。
そして一気に飲んで、そのコップを叩きつけると、俺に目を合わせる。
「運命ってやつを久々に信じる気になった。アルバート、俺はお前の事が好きだよ」
美少年が満面の笑みを俺に向けて、最初断られた握手を要求してきた。
その手を握り返すと、彼は力強く何度も振って。
いいことを思いついたと言葉を続ける。
「お前に協力してやろう。俺が兄貴の前に百年ぶりに姿を表し……」
俺の目の前でぐっと拳を握り。
「他種族が平和に豊かに暮らす、この帝都を理解させるために……」
脚を踏みしめて力を貯めて。
「お前の結婚式を挙げてやる!!」
ばっと大きく手を広げた。
「ははっ」
凄く楽しそうだな。と思わず笑った。
アンナが調査した通り、エルフ達は楽しいことや愉快なことが大好きなんだ。
そう感じつつも、流石に俺たちが主役になってしまうのはどうかと思って、断ろうとすると。
「それぇ、物凄く面白いと思いますぅ」
テントの幕を開いて、大きな角の生えた可愛い顔が覗いた。
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