第10話:帝国捜査局情報部

 それから一週間ほど、主にジェフや外務省と調整だのなんだのに明け暮れて。

 タルヴォさんに会いに行く前日の朝、いつものように新聞を取りにアパートのポストを開けると。


「マジで悪趣味だな捜査局。引っ越そうかな」


 ご丁寧に帝国捜査局の封蝋が押された、切手も宛名もない封筒が入っていた。


「お前を見ているぞ……ってやつかぁ……」


 テント村の麻薬取引の話だろうな。犯罪はしたことないし。

 そんな事を考えながら仕方なく封を切ると、ただ一文の住所だけ書かれている。

 来いってことかと、沈む心を無理やり動かして地図を開いた。


「はじめまして。国土開発部のアルバート・ランカスターです」


「あら、お早いですのね。お待ちしておりましたわ」


逮捕むかえに来られたくはなかったもので」


 繁華街の雑居ビルの一室の扉を叩くと、上品な声をした狼と鬼の半獣人が迎えてくれた。

 すげぇ美人だけど、もう少し獣人寄りがいいなぁと、うっかり緩む気を引き締めて座る。

 俺が昔吸っていた銘柄の煙草を差し出されたが断って、コーヒーだけ受け取ると、彼女は礼儀正しく穏やかに話し出した。


「ようこそ帝国捜査局情報部へ。特別捜査官、ヒルデガルト・アルトナです。招待に応じていただいて、ありがとうございますわ」


 ”ゆりかごから墓場まで”と言われる捜査局情報部。元はアレクシア様が提唱した手厚い社会保障政策のキャッチコピーだが、今ではこいつらが臣民を監視していることの揶揄だ。

 すっとぼけるとかできなそうだなぁ。アンナみたいにイヤイヤしようかなぁ。

 そんな風にかっこ悪いことを考えながら挨拶を交わして、諦めて正々堂々戦うことにした。


「エルノ族長や神官の情報が欲しい、と問い合わせた件では無さそうですね」


「はい。しかし、貴方の情報と交換なら便宜を図るという前向きなお話ですわ」


悦楽薬オンネリネンの密売の件ですか」


「はい。エルフのテント村、我々も調査中でして」


 俺を犯罪者にするというわけでは無さそうでホッとした。

 互いに必要な情報を交換しようという極めて平和的な申し出だったが、まぁどうせ情報部のこと。


「ってことは俺が話していたのを見ていたと」


「はい。国土交通省はもちろん、場合によっては陸軍の醜聞スキャンダルにもできます」


「……やっぱあんたら嫌い」


 案の定、多少は強引な手段に出るぞと言ってくる。


「ふふっ。我が帝国のためなら、ドブネズミにもゴキブリにもなりますわ」


 若干歪んでる気はするけど、この人らほんと愛国者だよなぁ。とは思う。

 大分過保護だけど、帝国臣民を護りたいというのは本音だろうし。


「同じ公務員として、尊敬しますよアルトナさん。でもその情報は渡せない。情報部あんたらのほうが、情報提供者との信頼関係が重要なことはよく分かってるでしょ」


「はい。ですが、ファイルはその情報と引き換えにしか渡せません」


「ですよねぇ」


 お互いに得るものは無し、かぁ。


「はい。ただあくまで私個人として、貴方に雑談をすることはできます」


 そんな風に考えていると、少しだけ苦い顔をしたアルトナさんは人差し指を立てて、おもむろに話しだした。


「今から百年前、帝国編入協約が調印される前日。偉大なるハーフドラゴン様の暗殺を企てたのはタルヴォというエルフの男。彼はあの方と直接話し、暗殺を諦め森を去った。一体何を話したのでしょう。気になりませんか?」


「そういうことですか」


 情報部が握っている答えは、俺が目をつけた通りにタルヴォが鍵になっているらしい。

 これはもう彼との話し合いに賭けるのが良さそうだと、組織としてではなく彼女個人のくれた最大限のヒントに感謝した。


「アルトナさん、ありがとうございます」


「いいえ。ところでそちらのお仕事が一段落したら、ウチに転属しませんか? 貴方の高い情報収集能力、今直接お話してみての度胸。非常に高い評価をさせて頂いておりますの」


 頭を下げると、彼女は前のめりに顔を近づける。

 ヘッドハンティングでしか採用しない捜査局に声を掛けられるのは嬉しいことだが。


「いいえ。ウチ、結構楽しいんで。……エルフの森電化プロジェクト、情報部も噛んでくれたら助かります。アレクシア様の肝いりですし、そちらとしても……」


 俺はまだまだやることがあるし、国土開発部の仕事は嫌いじゃない。

 そう、口癖を真似をして断ると、彼女はクスクスと笑った。


「残念ながら。あの方の考える国益と、我々の考える国益はたまに異なります。我々の決定権は我々にあり、平気で麻薬を扱うエルフとの関わりを、我々は国益と見なしません」


「その判断は、こちらも尊重させて頂きます。それでは」


 我々としては、ねぇ。アルトナさん本人はどこまでが本心かな。

 ただ、腹の探り合いでその道のプロに勝てっこないし、俺はボロが出る前に諦めることにした。

 席を立って玄関を出ると、彼女がすっと紙片を差し出して。


「最後に。私の名刺を。消したいこと、書きたいことがあればなんなりと。情報部は貴方をいつでも歓迎しますわ」


「何から何まで……アルトナさん、ありがとうございます」


「ヒルダと。アルバートさん、今後ともご贔屓に」


 艶やかな声で、名前を呼んでくれと耳元で囁かれ、年甲斐もなくドキッとした。

 ハニートラップってやつだろ。威力たけぇよ情報部ふざけんな。

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