第8話:交渉は、度胸

「お邪魔しまーす」


「うぃぃぃっす!! どうもぉぉぉ!! 人間かぁぁい!!!!!」


 中では半裸のエルフ達が、男女問わずあられもない格好で踊っていた。

 美男美女ばっかだし、人によっては鼻の下を伸ばすだろうが、俺にはザフラがいるんだよな。


「話にならないか。ったく仕方ねぇなぁ」


「え、それなんですかぁ?」


 ダメだこいつら。と即座に諦めて、小瓶をカバンから取り出す。

 シラカンバの話は知っていたから、どうせ薬をヤっていると思って持ってきたものだ。


「解毒剤。悦楽薬オンネリネンの研究で卒論書いたから、その副産物」


「……ちょっとそれ、この話終わったら帝国陸軍大将パパに見せたいですぅ」


「別にいいけど。アンナ、そいつ抑えろ」


「はぁい」


 とりあえず最初に声をかけてきた青年を、アンナが羽交い締めにして。

 楽しそうに笑う彼の口に小瓶を突っ込む。


「んぐっ!? まっず!? なんだこれ!?」


 思わず飲み込んだ彼は一度ぶっ倒れ、すぐに起き上がって俺の顔を見た。


「やぁ、エルフのお兄さん。気分はどうだね」


「最悪……ってかオッサン誰?」


「お前らのほうがよっぽど年上だろうがよぉ……こういう者だ」


「なんだ公務員か。捕まえに来たわけ?」


 オッサンじゃねぇよ。お前見たとこ四百歳くらいだろ。と文句を言いたかったが、話を進める努力をする。

 解毒剤の効果に驚いて拾った小瓶を眺めるアンナを置いておいて、会話を続けた。


「それでも良かったんだけどな。話が聞きたい」


「いや、まず公務員なら敬語使えよ。こっちは市民だぞ」


 警戒しているのが分かる。ただ、こいつはあまり気が強そうに見えないし、少し強気に出たほうがいいかな。

 ここは相手のペースを奪うことを考えよう。


「お前ら市民権ねぇだろ。税金も納めてない。帝都は甘くないぞ。今俺が警察隊に通報したら、いつもの公営住宅じゃなくて森に強制送還か監獄のどっちかだぜ」


「……分かったよ。何が聞きたいんだ?」


 よし。脅しが効いたから、あとは優しくしてあげようか。


「どうして森を出たのか。この帝都の何が気に入ったのか。まぁただのアンケートだから、気楽に答えてくれ」


「うーん。俺らは人生長いだろ? 森では族長がなんでもかんでも決めてて、親たちはそれに従って俺らに役割を与える。俺たちは逆らわなければ普通に暮らせるけど……堅苦しくて面白くなくてさ」


 顎に手を当てて考える彼は、森の生活をつまらなさそうに語る。

 そういう人生って悪くないと思うけれど、寿命が長いとあまりに退屈だろうなと少しだけ同情した。


「帝都が面白いところだと思った。ってことか?」


「あぁ。この帝都にはなんでもあるじゃん。富も、娯楽も、森にはない食べ物も。どんどん変化してって愉快だし、夢を探しに来たっていうか」


「じゃあなんで、こんなテントの中で悦楽薬オンネリネンなんか吸ってんだ。気持ちいいだけじゃねぇか」


「なんでもあってもカネないし、手が届かないことも多くてさぁ。いっそ何も持たずに、楽しく毎日生きてければいいかなって。森の外ならこの薬も使い放題だし、小銭くらいは稼げるし」


 ふむふむ。割と楽しそうでムカついてきたぞこいつら。


「市民権を得たり、帝都じゃなくても帝国臣民として成功しているエルフもいるだろ? そういうエルフのことはどう思う?」


「ん? あぁ、芸術家とか音楽家とか結構いるよな。そいつらはお得意様だから、ありがたいよ」


 有り余る寿命を生かして芸術や音楽、学問などの気長な分野で生計を立てているエルフはいる。

 別にそういう人達に憧れているわけでもなさそうな青年は、彼らのことをお得意様と語った。

 そして懐から手帳を出して、ぺしぺしと叩いてみせる。

 ふーん、小銭はそうやって稼いでるのか。


「シラカンバは確かに帝都にある品種が最良だが。悦楽薬オンネリネンを売ってるのかよ」


「やっべ。ってかなんで原料のことを……」


 人間が魔法薬の事を知っているはずがない、と思って青ざめているのだろう。

 ただ別にこいつらを監獄送りにするのが仕事ではないので、それを追求することは考えなかった。


「聞かなかったことにしておく。いくらエルフにしか効かなくても、麻薬取締法違反だから気をつけろよ」


「あんた、いいやつだな」


 ホッとした様子の青年に肩をベシベシ叩かれて。

 完全に信頼を勝ち取ったと思った俺は、このテント村で一番偉い奴に話を聞いてみようと考えた。

 森を出たエルフ達のまとめ役なら、森を出る理由に一番詳しいはずだし。


「褒められても嬉しくねぇよ。それで、薬売ってるなら元締めがいるはずだろ。会わせてくれないか?」


「タルヴォさんに? 一応聞いてみるけど、期待すんなよ」


 偶然その名前には覚えがあった。

 確かエルノ族長と交渉するために彼の事を調べていた時、見かけた記憶がある。

 もし族長の関係者に会ってもらえれば、より良い展開になるはずだとダメ元で。

 ”エルノ族長について話したい”と走り書きのメモを、ふたつに折って手渡した。


「じゃあ、ちょっとこのメモを渡してくれないか?」


「ん? 分かった」


 青年が素直に持っていって、少し待つ。

 その間に馬鹿騒ぎを聞きながら、アンナとこそこそ話していた。


(タルヴォってエルフ、知り合いなんですかぁ?)


(知り合いではないけど、知り合いの身内の可能性が高いんだよな)


(ふぅん)


(こういうの、多分一人で来いって言われるから、その間にアンナはこの村の調査を頼む)


(どんな文明の利器使ってるか、ですよねぇ。分かりましたぁ)


 改めて彼女に仕事をお願いしていると、青年が首を傾げながら帰ってきた。

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