第5話:催事のプロ

「おっすおっすジェフ。課長になったって? 元気そうだな」


 外務省儀典局催事課課長、ジェフ・ボンバルディア。

 俺と同郷で十歳も上の、小さい頃に勉強を教えてくれた兄貴分は、ものすごく不機嫌そうな顔で顔を上げた。

 敬語を使うのも使われるのも大嫌い。良く言えば職人気質、悪く言えば礼儀知らずの傍若無人の問題児。

 なんでお硬い儀典局の、しかも催事課なんか入ったのかさっぱり分からないが、ジェフの担当する式典はアレクシア様すら絶賛なさるほど綿密で緻密で壮大。大臣や各地の大貴族からも名指しで仕事の依頼が来る程の超一流イベンターとして有名だ。


「あぁ、アルバートか。ついさっき元気じゃなくなったけどな。外回りから戻ってきたら、偉大なるハーフドラゴン様から全面リスケの命令来てたんだぞ。しかも国土開発部おまえらの接待のためだと? ふざけやがって! 怒鳴り込もうと思ってたけど丁度来たから殺してやる!」


 そんな腕一本で我を押し通す稀代のエンターテイナー様は、俺の顔に思い切りツバを飛ばし。

 後ろで小さくなっているアンナの方を見向きもせずにまくしたてた。


「おいおい待て待て。ちゃんと理由があるし、アレクシア皇女殿下が決めたんだ。説明させてくれ」


「納得行かなかったら今殺す。そうでなくてもそのうち殺す」


「顔が怖いなぁジェフ。貴方の奥様は誰が紹介したか覚えていらっしゃるでしょうに」


「あん時は世話になったけどな。俺が二年も心血注いだ百周年祭をリスケさせた罪は重いぞ」


 仕事を台無しにされた気持ちは本当によく分かるし申し訳ないが、こちらも仕事なので。

 とりあえずアンナですら怯えているので、場を和ませようとこっそり耳打ちをした。


(今度いい娼館教えてやるから)


(獣人フェチが信用できるか。俺は同種愛者ストレートだ)


 前言撤回。この野郎、俺の趣味を馬鹿にしやがってふざけんなよ。


「はぁぁぁぁぁ!? 今どき差別だぞそれは!! もっふもふの可愛い子いるんだぞ!?」


「うっせ黙れ、ザフラにチクるぞ」


「そ、それはちょっと困るなぁ……ジェフにいちゃん……」


 娼館に行っていることは流石にバレたくないので、昔の呼び名で笑って流して。

 相変わらず不機嫌そうに鼻を鳴らす彼は、マイペースに本題に入っていった。


「……んで? なんでお前ら如きの為に、この俺の百周年祭は破壊されたんだ?」


「あぁ。それは……」


 アレクシア様のプロジェクトと、謁見したときの話をしていると、ジェフがどんどん真剣な仕事人の表情に変わっていく。

 説明を終える頃には、恐らく彼の頭の中で大体の再設計が終わったようで。

 一口茶をすすると、すっかり落ち着いた様子で納得してくれた。


「……なるほどな。全くもって正当な理由で国益に適うし、怒りのやり場がなくて腹が立つ。我々儀典局としては全面的な協力を約束するしかない。演出にも使えそうだし面白いかもな」


「お前のそういう割り切れるとこ、結構好きだよ」


 なんだかんだ、ジェフは優先順位を間違えない。

 だからこそ課長まで上り詰めたことは、俺もよく知っている。

 素直に称賛すると、彼は照れくさそうに頬を掻いた。


「ふん、他の課の連中にも必要な資料は可能な限り提供させるし、お前らの要望は優先的に叶える。ただ、時間だけはこちらで決めるし絶対に守ってもらう。問題はあるか?」


「無い。ありがとう」


「気にすんな、それが俺の仕事だからな……ん?」


 感謝しかなくて、改めて深々と頭を下げると。

 彼は俺の後ろで縮こまる鬼に、やっと気付いたようだった。


「ところで、そこの可愛い鬼は新人か? こんな上司の鞄持ちは大変だな」


「……ジェフさん、お久しぶりですぅ」


「アンナ!? アンナ・ゴオウ!?」


「そうですけどぉ……」


 必死に目を逸らして小さくなるアンナの様子を見るに、昔なんかトラブったんだろう。

 ジェフはいくら仕事の腕を尊敬されているとは言え、気が合う奴なんか奥さん以外見たことないレベルの変人だし。

 アンナもよくよく話してみれば育ちの良い普通の子だけど、色々と非常識だし仕事しないし。

 仕事でかち合ったんなら、大惨事だっただろうなぁ。


「アルバート、お前やっぱ凄いな。まさかまたスーツを着せるとはねぇ」


「あはは……ジェフ、忙しいところ悪かった。また来るよ」


 ぽかんと大口を開けるジェフに向かって、俺はさっさと退散することを決めた。

 もう少し思い出話でもしたかったが、部下の精神衛生メンタルに良くないだろうから仕方ない。


「あぁ。茶は出さんし歓迎もしないが……ふたりとも、いつ来てもいいぞ」


 そそくさと荷物をまとめる俺たちに、ジェフも察して。

 話をサクッと打ち切ると、優しげな声で軽く手を振った。


――


「俺は事務所に戻るとするか。どうせ報告書書いてザフラと打ち合わせするだけだから、直帰していいぞ」


「……はい」


 外務省を出ると、そろそろ夕方。

 上がっていいと言っても複雑そうな顔で儀典局の方を見ていたアンナに、ふと聞いてみた。


「ジェフと何かあったのか?」


「本当にあたしが悪いんで、大丈夫ですぅ。むしろまだ気にかけてもらってたのが申し訳ないっていうかぁ……」


 本当に申し訳無さそうに、しゅんと俯いた彼女の肩を、ぽんと叩く。

 なんだかこう、部下というよりは妹みたいに感じて。ウチはジェフみたいなヤバい奴居ないから、できれば安心して仕事してほしいなぁと願いを込めて。


「あいつがちょっとおかしい奴なのは皆知ってるし、話したくないならいい。俺も部長も、お前の味方だぞ」


「……」


 少し潤んだ紅い瞳がちらっと覗いて、ゴトゴトと走ってくる乗合馬車の足音に合わせて唇が小さく揺れる。


「気をつけて帰れよ。また、明日な」


「アルバート係長。今日は、ありがとうございました」


 今日一日、仕事に振り回された彼女は背筋を伸ばして、礼儀正しくぺこりと頭を下げると。

 そのまま回れ右をして電線が作る木漏れ日の夕日の中を、停留所に向かって駆け出していった。

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