妖と人の群青

佐々木雄太

第1章  猫又篇

第1話  いつもの朝

「真白様、真白様ってば! 起きてください! もう、朝ですよ!」


 畳の上に敷いてある布団の中で少年の体を揺すりながら、起こそうとしていた。


 だが、少年は、気持ちよさそうにスヤスヤと寝て、起きる気配が全くしない。


「真白様! いい加減に起きてください! 朝ご飯が冷めてしまいますよ!」


 と、少女の両手から朝の気温よりも低い冷たさが、少年の頬に触れる。


「つ、冷たぁああああああああ‼」


 少年がいきなり布団から飛び起きた。


 急に飛び起きたせいもあり、少年の額が少女の額と正面衝突する。


「っ~‼」


「いたっ!」


 二人共、額を両手で抑えながら痛がる。


「真白様、痛いですぅ~。たんこぶが出来たらどうするんですか?」


 少女が少し涙目になりながらも少年に言った。


「俺も痛かったんだぞ。それに朝っぱらから冷気を流すなよ。心臓が止まって、死ぬかと思った……」


 少年は、左手で額を擦りながら立ち上がって、窓を開ける。


 だが、すぐに窓を閉める。


「寒い……」


 武者震いをする。


「それはいいですけど、もう、朝ご飯が出来ていますよ。早くしないと、学校に遅れてしまいます。さぁ、早く、一階に降りますよ」


 痛みも冷え、少年の後ろに回った少女は、背中を押して、部屋から出そうとする。


「分かった、分かったから! そんなに強く押すなよ。俺も自分で動けるからさ。もう、子供じゃないんだぞ!」


 背中を押されながら、前に進む少年は、少し抵抗する。


「真白様、まだ、子供です。例え、人間の高校生になったとしても、年齢は十五歳。たった十五年しか生きていないんですから、ほら、抵抗しないで行きますよ」


 言う事を聞かない老人の介護をしているかのような少女は、少年の力など簡単に抑え、どんどん前に進む。


「うるさいなぁ。長い間生き続けているのに容姿が、俺と変わらない未成年の少女の方がどうなっているんだ、って話だよ」


 二人は階段を降り、台所へと向かう。


「真白、おはよう。あなたも早く食べなさい。入学式も終わって、今日から授業が始まるんでしょ?」


 と、椅子に座って、テーブルに並べてある朝食を食べながら、三十代くらいの女性が言った。


「母さん、そう言われても、眠いものは眠いんだよ。まぁ、一応、誰かさんのおかげで、一気に目は覚めたけど……」


「ありがとうね、雪乃ちゃん。毎回、この馬鹿息子を起こしてもらって」


「いえ、そんな事は!」


 と、ちょうど、朝食を食べ終え、女性は荷物を持つ。


「それじゃあ、私は仕事に行くからしっかりと、戸締りしておくのよ」


「ああ……」


 少年は返事をする。


「それじゃあ、後の事はよろしくね、雪乃ちゃん」


「はい、お任せください、お母様‼」


 二人に見送られて、女性は、さっさと家を出て行った。


 二人っきりになった台所は、向かい合うようにして、テーブルを囲み、朝食を食べ始める。


「そう言えば、珠代はどうしたんだ? 姿が見えないが……」


 朝食を食べながら、少年は、この家に住み着いている人物の事を思い浮かべる。


「珠代ですか? そう言えば、朝からいませんね。どこかで、飲んだくれているのではないですか。私が何を言おうと、あの人はいう事を聞きませんからね」


「——たっく、あいつは……」


 少年が小さなため息を漏らすと、ちょうど、玄関の方から物音が聞こえた。


「誰かいるみたいですね」


 と、少女がその物音に気付く。


 少女は箸を置き、玄関の方へと向かう。


 少年もその後を追った。


「ただいま~! ひくっ……。ああ、気持ち悪い……」


 そこには、きれいな着物を着た若い女性が玄関に横たわっていた。


「はぁ……。思ってた通り……。また、飲みまわっていたんですか?」


 少女は、女性の体を支える。


「気持ち悪い。気持ち悪いよ~」


 と、女性は気持ち悪そうに顔色が悪くなっている。


「床に吐かないでくださいよ。私達、そろそろ学校に行かないといけないんですから……」


「水~、水を頂戴~……」


 今にも死にそうな顔をしている。


「分かりました……」


 少女は、少年の方を振り返る。


「真白様、すみません。お水を一杯、持ってきてくれますか?」


「まぁ、それはいいけど、本当に大丈夫か?」


「さぁ? いつもの事ですからね。それよりも真白様、早く持ってきてください。床に吐かれたら困りますから!」


「お、おう……」


 少年はすぐに台所に戻ると、ガラスのコップに水道水の水を注いだ。

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