第4章
第167話『一つ大人になりました』
≪前書き≫
大変長らくお待たせしました。
本日より第4章開始(ちなみに最終章です)、並びに予告していたノクターンノベルズでの18禁版も更新してます。ただ2万字に近い文量になって分割して投稿してますので、一気読みしたい方は本日の20時以降にご覧ください。
突然の話だが、『至高の朝』という
例えば、窓からの清々しい朝日で自然に起きる早朝。
それとも、たっぷりの惰眠を貪ってもなお慌てる必要のない一日の始まり。
はたまた、美味しそうな朝食がすでに食卓に並んでいる垂涎の光景。
結局個々人の価値観によっては答えも変わるから、これだというものを定義づけるのは難しいことだろう。
だがその日、
「んぅ……」
どこかとろみの帯びた覚束ない声に意識をくすぐられ、優人は閉じていた瞼を持ち上げる。
天候に恵まれたここ最近と違い、どうやら今日は雨模様らしい。カーテンと窓を挟んだ外からはしとしとと雨の降る音が聴こえ、室内に入る陽光もいつもより格段に弱い。
静かで、落ち着いてて、ともすれば時間すらも遅く流れてるような雰囲気の中、すぐ隣に心地良い重みを感じた優人は視線をやや下へと向け、やがて口角を持ち上げた。
優人の胸板に寄り添ってすやすやと寝息を立てる少女は、昨夜に身体を重ねた最愛の恋人。穏やかな表情で眠る彼女――
直前に優人の耳をくすぐった幼さのある声は彼女のものだろう。それがこぼれた元である柔らかそうな唇にほんの少しだけ指で触れ、優人はじっと雛の寝顔を眺めた。
「……可愛い」
率直な感想を呟く。口にしたい想いはもっと色々あるけれど、とりあえずそれしか言う言葉が見つからなかった。
整った顔立ちを形作るのは白くきめ細かい肌に、それから閉じた瞳を縁どる長い睫毛、スッと通る
さらに付け加えるなら、彼女にはまた別の一面もあって――
(……やば)
雛が持ちうる身体の柔らかさをそこはかとなく押しつけられている状況下において、じわじわと
時間にすればまだ半日も経ってない上、そもそもがあまりにも刺激的だった故に、数々の光景は薄れることもなく鮮明に焼き付いていた。
耳を
昨夜の内に発散したはずの欲が性懲りもなく鎌首をもたげるものだから、優人は自らの節操の無さに深いため息をこぼす。
……いや、逆に一度知ってしまったからこそ、余計に強まるのかもしれない。身体も心も最高に満たされるのだからむしろハマらない方がおかしいだろう。
「気を付けないとな」
身体だけが目当てではないと断言できるが、それを証明するためにも節度は必要である。
お互いの生活を脅かさないよう、きちんと高校生らしい節度を保って――……まあ、その……次の機会もあれば、と思う。
「んぅ、んー……?」
雛の吐息に微かな唸り声が混ざる。
布団の中で腰だけは一旦遠ざけようともぞもぞと動いたせいで起こしてしまったらしく、長い睫毛が一度ふるりと震えると、おもむろに瞼のカーテンが開き
「おはよう雛」
「おはよー……ございまふ……?」
まだ明確な意思の光を灯していない瞳にそう投げかけると、舌足らずな挨拶が返ってきた。
昨夜の疲れが残っているせいかもしれないが、今朝の寝起きはいつにも増してふにゃふにゃとしている。そんな可愛らしい姿を目の当たりにすれば、衝動的に甘やかしたくなっても仕方なく、雛の意識が定まってないことをいいことに頭を少しだけ乱暴に撫で回してみた。
指通りの良い群青色の髪の感触も楽しみながら続けていると、徐々に雛の意識ははっきりとしてきたらしい。開かれていく両目は優人の顔を至近距離に捉え、ゆっくりとその焦点を合わせていく。
さて、これまでの経験を考えると、この後は完全に起きた雛が恥ずかしがって顔を赤くするという反応が予想されたのだが……その予想に反し、雛の口元は美しい弧を描いた。
「おはようございます、優人さん」
「おは、よ」
至近距離で見せつけれたこちらが思わず息を呑んでしまうような、どこか大人びた淑やかな笑み。すでに伝えた挨拶をまた繰り返してしまい、頭を撫で回していた優人の手も止まる。すると雛は、優人をじっと見つめたまま小首を傾げた。
「頭撫でるの、もうやめちゃうんですか?」
「え……あ、悪い」
いつもに比べてやや荒っぽい手付きを咎められるかと思いきや、逆に雛から頂いたのは続きのおねだり。促されるまま、先ほどよりも緩く慈しみを持たせた手付きで再開させれば、雛の顔は幸せそうに綻んだ。ついでに優人の胸にすりすりと頬擦りをしてくるのだからこそばゆい。
「えへへ、きもちいい」
口ずさむような呟きは幼げで、なのに浮かぶ笑顔は一輪の綺麗な花を思わせる美しさ。
正反対な二面性を見事両立させた雛は、はふと満足そうに吐息をこぼす。
「こういうの、とても幸せですね」
「というと?」
「朝起きて、一番最初に目に入るのが大好きな人の顔。おまけにこうして抱き締めてもらいながら、優しく頭を撫でられる。ふふ、最高の目覚めと言っても過言ではありませんね」
「……そう言ってもらえるなら、お安い御用だよ」
最高とまで評してもらえてことにひっそりと胸を高鳴らせつつ、より一層の愛情を込めて雛を撫でる。どうにも我慢できず雛の額に軽い口づけを降らせると、すぐに首を伸ばした雛から唇を重ねられた。
柔らかな感触、甘い吐息。キスを終えて離れた彼女の笑みは、やはりどこか大人びて妖艶だ。
「そういえば身体の調子はどうだ? どこか痛かったりとか」
「んー……それについては大丈夫ですかね。ちょっと気怠い感じはありますけど」
「そっか、ごめんな」
「もう、謝る必要なんてこれっぽっちもないんですよ。――たくさん、優しくしてくれたんですから」
もう一度キスをされる。
優人にはきっと至らないところもあっただろうに、それをおくびにも出さない雛の優しさが流れ込んでくるみたいだった。
「あれ、ひょっとして雨降ってますか?」
「みたいだぞ。今日は……あー、一日中降ってるみたいだな」
外の様子に気付いた雛に答えを返しつつ、枕元のスマホで天気予報を確認する。午後からは雨足が強くなるらしく、止むのは明日の明け方ぐらいになるらしい。外出には向かない一日になりそうだ。
「なあ雛、今日は一日家でゆっくりしないか? 適当に配信サイトで映画を見たり、昼寝したり。ご飯も足りない分は出前を取るとかでさ」
「いいですね。たまには思いっきり堕落した一日を過ごしてみましょうか」
「堕落って」
雛の宣言に軽く吹き出した。堕落だなんて、雛にはなんて縁遠い言葉だろうか。
そもそも『堕落するぞ』と意気込む時点では何かズレてる気もするが、小さな握り拳も作る雛が可愛らしいので水は差さない。
「それでは優人さん、手始めにもう少しこのまま甘えさせてもらえますか?」
「はいはい、お任せください」
むしろ願ったり叶ったり。改めて雛の身体を抱き締め直し、ベッドの上で起き抜けの戯れを続ける。
すっかり二度寝してしまった二人が起きた時には、朝食の時間帯はとっくに過ぎていた。
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