第84話『目は口ほどに物を言う』

「ごちそうさま」

「お粗末様です」


 午前中の散歩を終え、辿り着いた大きな広場。ここでも十分花見を楽しむことのできるその場所は、お昼時という時間帯も相まってそこかしこに腰を落ち着ける人たちがいる。

 その中の一角、一本の桜の木の下にレジャーシートを敷いた優人たちはたった今昼食を終えたところだ。空になった容器を前に優人が両手を合わせると、続いて手を合わせた雛が満足そうに表情を崩す。


 雛が用意してくれた昼食はサンドイッチであり、天気の良い屋外で食べる開放感を抜きにしてもやはり美味しかった。

 極論スライスした具材をパンで挟むだけのシンプルな料理ではあるけれど、その具材はバリエーションに富んでいたし、パン自体も軽くトーストしてあったので食感的な面でも楽しめた。

 その手間のかけようを考慮すれば、二人で平らげた昼食は雛が早起きして作ってくれたものであることは想像に難くない。


 だが当の本人であるそれをおくびにも出さず、散歩中に自販機で買ったミルクティーを飲んで一息つくと、てきぱきと昼食の後片付けを始めるのだった。

 その作業を手伝いつつ、改めてサンドイッチの感想とお礼を雛に伝える。


「美味かった。作ってくれてありがとな」

「相変わらず優人さんは律儀ですね。最初に聞きましたし、食べてる時の表情でも分かりますよ?」

「え、俺そんな分かりやすい顔してんの?」


 甘い物を食べてる時の雛ほど、愛嬌に溢れた顕著な反応を晒してるとは思えないが。


「んー、分かりやすいというほどでもありませんが……最近、何となく分かるようになってきました。優人さんと一緒にご飯を食べることが増えたからでしょうね」

「……そっか」


 つまり、一緒にいる時間が増えてるということ。想いを寄せる相手との積み重ねていく日々に緩みそうな口元を引き結び、まとめた容器をトートバッグに仕舞い込む。


「にしても雛が作ってくれるなら、俺も何かデザート用意してくれば良かったな」

「気にしないで下さい。ちょっとしたサプライズのつもりでしたし、私が好きでやったことなんですから」

「そうか。じゃあ俺も好きにさせてもらおうかな」

「え?」


 言って立ち上がった優人に、座ったままの雛が小首を傾げる。


「どこか行くんですか、優人さん?」

「昨日調べたんだけど、ここからちょっと行ったところにソフトクリームの屋台があるんだと。美味しいって評判だからデザートにどうだ?」

「あ、ならお金――」

「俺が好きでやるから気にすんな」

「……もう、揚げ足取るなんてズルいですよ。お言葉に甘えさせてもらいますね?」


 ほんのりと唇を尖らせた雛が目尻を緩める。和やかなその表情に見送られ、優人はソフトクリームの屋台へ繰り出すのだった。


 





 ……まあ、まったく予想してなかったと言えば嘘になるけれど。


 首尾良くコーンに乗ったタイプのソフトクリーム二つを購入して戻ってきた優人だが、現在進行形で繰り広げられている視線の先の光景に眉根を寄せてしまう。

 雛が二人の男に声をかけられている。雰囲気的にナンパで間違いないなと判断し、優人は人知れずため息をついた。


 雛のような抜群の美少女が見るかぎり一人でいるのだから、出会いを求めてるであろう男たちの目に留まってしまうのは理解できる。だからこそ優人も屋台への行き帰りは小走りに努め、少しでも雛が一人で待つ時間を減らすように気を付けたつもりだ。


 なのにその短い時間であっても、結果はご覧の有様である。

 内面はもちろんのこと、改めて雛の外見は異性を惹き付けてやまないのだと再認識しつつ、優人はナンパの現場へと歩み寄っていく。ちなみに内心では非常に面白くないものを感じているので、その歩幅はいつもよりかなり大股おおまただ。


 幸いなことに質の悪いナンパではないらしい。

 男たちは一定の距離を空けた上で雛と話しており、近付くほどに鮮明になっていく雛の様子もやや緊張したものではあるが怯えといった感情までは含まれていない。


 恐らく「連れがいるので」と断っているのだろう。雛は男たちに向けて両手を合わせる。そして段々と近付いてくる優人の姿に気付いたのか、ホッとしたような表情を浮かべてこちらへ人差し指を向けた。


 雛のジェスチャーに誘導された男たちの視線が優人に向く。すると、彼らは何故か二人揃ってひくりと顔をひきつらせ、雛に何か言った後そさくさとその場から離れていった。

 見た目だけならいかにも彼女の分のソフトクリームを買ってきたというていが功を奏したのだろうか。微妙に腑に落ちない反応をされた気もするが、とりあえず結果オーライなことに変わりはない。


 雛のそばまで辿り着くと、何故か苦笑混じりの彼女が優人を出迎えた。


「おかえりなさい」

「今のナンパだったろ。大丈夫か?」

「ええ。強引に迫られたわけでもありませんから、あれぐらいなら。それよりも優人さん、顔、顔」

「顔?」

「というか目です。その……かなり険しくなってますよ?」

「え」


 ソフトクリームの片方を雛に渡してから自分の眉間を指で確かめる。……確かに、指先から眉間に寄った皺の感触が伝わってきた。


「さっきの人たち、明らかに優人さんを見て驚いてましたよ……」

「マジか……」


 彼らの反応を近くで見ていた雛の証言なら間違いない。

 まさか、自分でも気付かない内にそんな目をしていたとは。優人生来せいらいの鋭い目つきに慣れている雛ですら苦笑いを浮かべるぐらいなのだから、相当なものだったろう。


 無論、原因に心当たりはあるのだが、それだけに先ほどの彼らには今さらのように申し訳なさを覚えてもしまう。

 雛は優人の恋人というわけでもないのだから、本来なら声をかけられるのを止める権利など優人にはない。良識に欠けた強引なナンパだというのならまだしも、彼ら程度なら目くじらを立てることもなかったはずだ。


「……私のこと、そんなに心配してくれたんですか?」

「……まあ、そんなとこ」


 割合としては嫉妬が多分に含まれていることは言うまでもないものの、心配だったのも本当なので嘘は言ってない。

 さりとて独占欲にも似た醜い感情を隠した返答は、それだけ優人に罪悪感を募らせるのだが。


「ふふ、心配してくれてありがとうございます」


 そう言って雛が浮かべる淡い笑顔は、今の優人にはあまりにも眩しすぎた。

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