第82話『頑張り屋さんのお披露目』
数日前に終業式が終わり、晴れて優人は高校二年生の全課程を無事に修めることとなった。
やはり特に感慨深いものがあるわけでもなく、むしろ約二週間の休みを越えればとうとう最高学年である三年生になることへの悩ましさの方が大きい。
どうしたって卒業後の進路を意識することになるし、大なり小なり明確な目標を持ち始める周囲との温度差だって徐々に浮き彫りとなるだろう。
幸いなのは、学力面に関してはそう心配しなくてもいいことぐらいか。
元々学年全体から見て中の上といった成績を維持していた優人だったが、三学期以降はそれも上昇傾向にある。自分なりに手応えを感じ、テストの順位を記した成績表が配られた際には担任の教師から軽く称賛されもした。
上昇の要因が何なのかは言葉にするまでもないだろう。
最初は何となく触発された結果だったが、今となっては『隣に立つにあたって相応しいように』という意識に。
彼女自体は学力云々で人を差別することもないと思うが、人格を評価される上での一つの指標になることは間違いないし、あまりかっこ悪いところを見せたくないというブライドの問題だってある。
好きな人にはよく見られたいというのは、往々にして誰だって同じのはずだ。
とにもかくにも成績低下を防ぐという目的で出された春休みの課題も早々に片付けたある日のこと、優人は自宅の洗面所で外出に向けての最終確認を行っていた。
じっと鏡を見ているとまだ何か改善点があるんじゃないかと疑心暗鬼になってくるが、いつまでもうだうだしてるわけにはいかない。約束の時間に遅れでもしたらそれこそ御法度だ。
玄関で靴を履いて外へ。その先にいた相手は先んじて外で待っていたのか、外廊下の柵に背中を預けて目をつむり、春を迎えた朝の陽気を肌で感じ入るように静かに佇んでいた。
玄関が開いた音で顔を向け、綺麗な金糸雀色の
「おはようございます、優人さん」
「おはよう。悪い、待たせたか?」
「いえ、ほんの数分程度ですし、まだ約束の時間前なんですから気にしないで下さい」
そう言って雛はくすりと朗らかに笑う。
その微笑みが魅力的なのはもちろんのこと、記憶している限りだと私服はスカートが多い雛のいつもと違った装いに意識が吸い寄せられる。
ともすれば
「今日のお花見は動きやすい方がいいかなと思ったので」
雛の言葉通り、今日の外出の目的はかねてより約束していたお花見だ。目的地はここからバスを利用した先にある大型公園で、ちょうど今の時期は園内の長い散歩道に桜が咲いて見事な桜並木を形成している。
散歩道ということで選んだ服装なのか、雛の格好は大別するとパンツルックに分類される。
歩きやすいスニーカーに、細くしなやかな雛の脚線美を際立たせるスキニー。トップスの白いフリルブラウスは爽やかさに富んでおり、七分丈の袖や襟元を品の良い控えめなフリルで彩っていた。
そして、何より――
「雛、それ……」
「ええ、今日がお披露目です」
雛が首を傾けた動きに合わせて群青色の髪がさらりと流れる中、大きく露わになっている耳の上部分だけは動かない。
優人がホワイトデーに贈った桜の花を模した小さなヘアピン――それが雛の髪を留めていたからだ。
「どうですか?」
恐らく薄く化粧を施したであろう端正な顔に、さらに笑顔という名の化粧を加える雛。彼女に似合うと思ってプレゼントした品ではあるが、こうして実際に身に付けた姿を目の当たりにするとその魅力は素晴らしい。
身も蓋もない言い方をすれば特別高価でもない既製品のはずなのに、まるで最初から雛のために
ただでさえ完成度の高い雛の容姿に追加された華やかさ。それの元になっているのが自分のプレゼントならば、優人が味わう感動は計り知れない。
言葉通り見惚れること数秒、優人が我に返るきっかけを作ったのはぷくっと膨らんだ雛の頬だった。
「せっかくつけたんですから、感想くださいよ」
ほんのりと拗ねたような声色と共に雛の人差し指が優人の腹を
くすぐったさを与えるボディタッチにまた心臓がざわつくも、ここで狼狽えて感想を先送りにすれば余計に雛のつむじを曲げかねない。
『拗ねた雛って可愛いなあ』などと寄り道しそうな思考に喝を入れ直し、優人は慌てて口を開く。
「悪い。えっと……あー、その……――可愛い」
語彙力、ああ、語彙力よ。お前はもう少し変わり映えのある言葉を引き連れてこれないのか。
自らのボキャブラリーの無さに肩を落とす優人だが、受け取った雛は思いの外上機嫌に頬を弛ませる。
「ふふ、ありがとうございます」
「すまん、もうちょい気の利いたこと言えればとは思うんだが……」
「いえいえ、本当にそう思ってくれてることが伝わるだけで私は十分嬉しいですよ?」
それこそ優人の拙い褒め言葉でも嬉しく感じてることが伝わってくる表情で、雛は軽やかに言葉を紡いだ。
「そろそろ行きましょうか」
「だな」
先を促す雛に頷くと、彼女は今まで脇に置いていた大振りなトートバッグを手に取る。
「どうしたんだその荷物」
「これですか? 実はお弁当を用意してきたんですよ」
「マジか。ありがとな、お花見というよりはピクニックだ」
「どちらも似たようなものだと思いますけどね」
「確かに。じゃあ、ほら」
準備までしてくれたのなら、せめてここから先は優人の番だ。
手の平を向ければ雛は優人の意図を正しく受け取り、「ありがとうございます」と柔らかな笑顔でトートバッグの持ち手を差し出すのだった。
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