第15話『こういう時は甘い物にかぎる』
「先輩が女の子を引っかけてきた!」
「言い方」
家庭科室に戻るや否や謂われのない誹謗中傷が飛んできた。
状況だけを見れば間違っていないのはさておき、断じてそんな軟派な気持ちで雛を連れてきたわけではないので、頼まれていた飲み物を渡すついでに発言者である小唄の額に軽いデコピンをかます。涙目で睨まれても知ったことか。
「俺がそんなことできるタマかよ。こっちは――」
「空森雛ちゃんですよね?」
「知ってんのかお前」
「いえ、面識はないっすよ? ただ先輩の学年でもそうでしょうけど、空森ちゃんは一年の間じゃ有名ですからね。スーパー美人の優等生って」
「す、すーぱー美人……」
あっけらかんとした小唄の物言いに雛が頬を引き
「どーも初めまして、あたしは七組の鹿島小唄。優人先輩に次ぐこの料理部のNo.2なんで、以後お見知り置きを」
「そりゃ二人しかいないからな。あと部じゃなくて同好会」
「相変わらず細かいなあ。そういうのは料理中の計量とかだけにしてくださいよ」
「何が悪い。計量だってな、一グラムを軽んじるだけで味の完成度が――」
「先輩うっさい今自己紹介中」
「てめえこの野郎」
「野郎じゃないっす華のJKっすー」
いつものノリで小唄と軽口の応酬を繰り広げていると、横合いからくすりと笑いがこぼれる。
「お二人とも、仲が良いんですね」
「そうでしょうともそうでしょうとも。あたしコミュ力には自信あるから、無愛想な先輩が相手でもこの通りってね」
「だから言い方――もういいや。好きなだけ自分を売り込んでくれ」
このまま突っ込んでいたら埒が明かないし、そもそも雛をここに連れてきた目的は別にあるのだ。ついでに、確かに小唄との付き合いには関しては彼女のコミュ力に楽をさせてもらってるので、素直に引き下がるしかなかったりもする。
雛の相手は一旦小唄に任せ、優人は家庭科室に設置された冷蔵庫の方へと向かう。
「それで、空森ちゃんはどうしてここに?」
「実は私もよく分かってなくて……。先輩からちょっと付き合ってくれと」
「あれま、そうなんだ。ちょっと先ぱーい、イマドキ強引な男はモテないっすよー!」
テーブルに着いて談笑を始めたかと思えば、すぐに小唄から野次が飛んでくる。手で耳を塞いで『あーあー聞こえなーい』的なジェスチャーをした後、優人は冷蔵庫を開けて目的の品が乗った銀バットを取り出した。
銀バットの上に並べられているのは、優人が先ほど調理を終えたプリンの数々。オーブンレンジで焼いた後に冷蔵庫で冷やしていたもので、少し冷却時間は足りないと思うが、食べる分には問題ないだろう。
プリンの入ったカップを逆さにしてデザート用の器の上に落とし、さらに余っていたホイップクリームと冷凍ミックスベリーをトッピングしていく。ちょっとしたプリンアラモードが完成し、それにスプーンを添えて雛の方へ。
「ほれ」
短く声を発して雛の前にプリンを置くと、彼女は呆けたような眼差しで優人を見上げた。
「えっ、と?」
「今日の活動で作ったやつだ。良かったら食べてくれ」
「……そんな、悪いですよ。この前だってクッキー頂いたのに」
「じゃあ味見役。忌憚のない意見を頼む」
「味見って……」
雛の瞳がまじまじと目前を見つめる。そこには、味見というには些か豪華に盛りすぎてしまったプリンが鎮座しており、優人がさらに雛の方へと押し出すように器を近付ければ、プリン全体が微かにふるんと震えた。我ながら良い完成度だ。
「……いいんでしょうか?」
「いいのいいの。作った本人が言ってるんだし、気にせずぐいっとイっちゃって」
あたかも酒のように勧める物言いにはツッコミを入れたくなるが、小唄のこのアシストはありがたい。「じゃあ……」と雛がおずおずとスプーンを手に取ってくれたので、優人は安心して雛から距離を取って窓際の方へと行った。
ここまでが強引だった分、食べる時ぐらいはゆっくりさせてあげようと、極力雛のことを見ないように努めながら缶コーヒーのプルタブを開ける。するといつの間にか近付いて飲むヨーグルトのストローをくわえた小唄が、こっそりと優人の耳に顔を寄せた。
「ひょっとして空森ちゃん、なんか嫌なことがあったとかそんな感じっすか?」
「……なんで分かった?」
小唄を見返すと、生温かい目をした彼女がにへらと笑った。
「やっぱりー。先輩がああいうことする時って、大体そんな感じじゃないですか。あたしの時もそうでしたし」
「……俺なんかしたっけ?」
「え、忘れたんすか? ほら、あたしが入部したばかりの頃――……ってあたしの話は今はいいんすよ。実際何があったんです?」
缶コーヒーを飲みながら、ちらりと雛の様子の窺う。幸い彼女の意識はプリンに注がれているみたいなので、声さえ落としておけば、こちらの会話が聞こえることはないだろう。
「さっき空森が告白されてたんだけど、それを断ったら……まあ、なんつーか、相手から腹いせに結構キツいことを言われたって感じでな。別に手酷く振ったわけじゃなくて、空森は丁寧に断ってたんだぞ?」
「あー、そういう話っすか。断られたら潔く引き下がるもんでしょうに。その人の顔を見てみたいっすね」
「顔は割とイケメンだったんだけどな」
「はいはいあるある。中途半端に整ってる男ほど変にプライドが高いもんなんすよねー。ったく、お前がなんぼのもんじゃい、ニチアサの主役を張れるぐらいになってからイキがれってんですよ」
「容赦無いなお前……。てかニチアサなんて見てんのな」
「弟たちが毎週見てるんで自然と」
気持ち的には優人も似たり寄ったりなところではあるが、小唄の口振りには何やら実感のある恨み節が感じられる。まあ小唄も雛と系統は違えど、美少女と呼んでも差し支えない外見だし、基本的には明るく人当たりも良い方なので、告白されたことの一つや二つはあるに違いない。その時に今回の雛と似たような経験をしたのだろう。
(大変だよな、本当に……)
容姿が優れているというのは基本的にプラスに働くことが多いだろうけれど、こういう悩みを目の当たりにすると、良いことばかりじゃないのだと思い知らされる。
「にしても先輩も意外と隅に置けないっすねー。いつの間に男子大人気の女の子とお近付きになってたなんて」
「そんなんじゃねえよ。今日のはたまたま現場に通りがかっただけだ」
「でもこの前もクッキーあげたんすよね? 空森ちゃん言ってましたけど」
「……それもたまたま」
「先輩知ってます? そういう偶然が積み重なることを運命っていうんすよ」
「やかましい。勝手に言ってろ」
名言だと言わんばかり小唄のドヤ顔から目を逸らし、優人は鼻を鳴らして缶コーヒーを
偶然が積み重なって今や雛とはお隣さん同士というわけだが、さすがにそれを口外するわけにもいくまい。小唄なら面白おかしく触れ回ることもないだろうけれど、情報の出所が少ないに越したことはない。バレて変な噂が立ったら雛に迷惑だ。
「先輩」
少し考え込んでいると、小唄から肘で脇腹を小突かれる。小唄が顎で指し示す先――そこにいた雛は、陽だまりの中にいる猫のような和やかさでスプーンをくわえていた。
「計画通り! ってやつですか?」
「んな邪悪な笑顔するか」
苦笑混じりにそう返し、優人は静かに息を吐く。
自分にできることなんて、せいぜい甘い物でも振る舞う程度だけれど、少しでも気分を晴らす助けになれたのなら良かった。
「ところで、さっきから訊きたかったんすけど」
「ん?」
「なんで先輩の缶コーヒー、そんなに凹んでるんすか?」
「……落としたんだよ」
「え、落としただけでそんな風になります?」
「そのくだりはもうやった」
「?」
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