ハキダメ

ういろう

祖父の遺品

 生前、祖父が頻繁に触っていた棚を漁ったとき一枚の写真が出てきた。


 写真の真ん中にはスーツ姿の祖父がいて、見たこともない黒髪と張りのある目元が印象的。そして祖父の周りを似た服装の5人の男女が囲み、皆一様に笑顔を湛えている。


 どこの誰かもわからない人々が、皆で私の祖父を祝福している……ように見えた。私の方はというと、祖父との交流が少なかったがために、どういう経緯で祖父がこの様な笑顔をみせるのか想像できずにいた。


 祖父の意見を聞けたのは後にも先にも、整地された庭を徹底的に掘り返してひどく叱られた時くらいのものだ。畑仕事に精を出す祖母に準じて、整地された庭を耕そうとしたのだろう。


 そしてそれからというもの私が庭に出るたび、祖父は窓から顔を覗かせていた。幼いながらに不思議だった祖父の怒りと、微妙に盛り上がった柱の根元は何か関係があるのだろうか。家を手放した今でもふとそう考える。


 しかしそんな祖父も薬棚をしまっている仏壇を中心に、活動範囲を年々少しずつ狭めていった。そして監視の目が窓枠から外れた頃になって、再び庭を掘り返してやろうかなどと悪戯心が疼いたが、落ち窪んだ眼窩をまどろませて、座椅子に身を預けた姿を見てさすがにヨシた。


 入院して今際いまわの淵で寝そべった祖父の所へ見舞いに訪れたとき、両親、私、姉の順番で手を握って話をした場面がある。


 祖父が両親との話を終えて、いよいよ私の番が回ってきた際、庭を掘り起こしたことを私は謝った。祖父はなにも言わず笑っており、両親は私の声量を指摘するだけに終わるのだが、姉の番がやってくるなり私の時とは打って変わって、祖父は姉に明るく振る舞った。


 どうやら快楽を得る過程で生まれた幾匹かの内、私だけは祖父から嫌われていたようで、それに思う感情は祖父に寄り添う祖母の悲壮に埋もれて消えた。


 そういった、血族でありながら半端な関係の祖父の写真であるというのに私の心は揺れ動いた。この周りに立つ人々の笑顔は紛れもないものであり、現役の祖父の威厳や実績に献花されたものでもある。しかし、この写真を誰にも渡すことなく棚の奥へと戻したとあれば、祖父の遺した歴史の一部は事実上消えることになるのだ。


 だからといって、その身に覚えのない人々の写真を持って帰ろうとは思わなかった。生きた花を手折り、枯れた木の葉を土へと還すように私は写真を棚へと戻すことに決めた。


 盛者必衰

 棚に手をかけた際、その言葉が脳裏をよぎった。


 この写真の状況まで至り、なおかつ子孫に看取られるまでの祖父には当然辛いこともあったろうし、悲しいこともあったはず。けれどそのほとんどの経験や傷は、私のような気まぐれな存在や時の流れによって風化していく。


 私においてもきっとそうだ。苦痛も怒りも葛藤も、そして恥や失敗すらも、時の中へとくべられて、塵のように消えていくのだろう。


 この写真に写る祖父のように。

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