第84話親子1

 

 父上と向かい合うのは何年振りだろう。


 これほど近くで見るのは生まれてから数回しかない気がする。



「用件は理解しているな」


「リリアナの事でしょうか?」


「正確にはそなた達家族の事だ」


「達?」


「そなた、まさか自分達夫婦がこのままでいられるとは思っていないだろうな?」


「それは……」


 考えなかった訳ではない。あえて考えないようにしていた。


「あれだけの事をしでかしたのだ。今までのようにはいかん」


「はい……」


「そなたは廃嫡だ。当然、王籍も剥奪する。そうしなければ貴族や民に示しがつかん。なにしろ、今回の件で高位貴族達は下位貴族をほぼ敵認定してしまっている上に、王立学園の存在も危険視しているのだからな」


「き、けん?」


「公爵令嬢を薬を使って穢そうと企んだのだ。親が学園を『危険区域』と認識してもおかしくないだろう。今回は未然に防げた。だが次は?」


「つ……ぎ?」


「親達は『次』を懸念しておるのだ。再び、下位貴族の男が高位貴族の令嬢を手に入れるために色々と計画するのではないかとな。一度失敗しても懲りずに次を狙う下劣な者は世間には大勢いる。中には『公爵令嬢だから失敗した。これが侯爵家や伯爵家なら成功したかもしれない』と考えている輩もいないとは言えん」


「……それは」


「特に娘を後継者に持つ家は殊更心配しているのだ。学園側も男女別にすることも視野に入れているらしい。そうすればに見舞われる事はないからな。今のところ反対意見が出ているのは下位貴族だけのようだ。まぁ、そのせい更に高位貴族から厳しい目で見られているようだがな」



 多感な年齢の子女を受け入れている学園だ。今度の件で学園の在り方が問われているのだろう。その事件の“主犯”が自分の娘だと思うと何とも言えない。



 そう言えば――



「父上、学園側からリリアナの件で何も連絡が入っていないのですが」


「王女なら既に“自主退学”させている」


「はっ!?」


「当然だろう。罪人でも王家に籍があるのだ。学園から退学を言い渡される前に手を打った」


「そうですか」



 地位からいえば王太子の娘の方が立場は大きい。だが、それだけだ。血筋ではコードウェル公爵令嬢セーラの娘キャサリンに劣る存在。政略の価値無しと判断された王女の未来は暗い。その上、リリアナは『罪人』だ。私達夫婦が結婚当初にあった民衆の支持。それが今も続いていれば何かが違ったかもしれない。


 あれほど「身分を超えた愛」に熱狂した民衆だったが今では跡形も残っていない。夢から覚めた民衆の態度は冷たいものだ。初めから反対態度を示していた貴族よりも酷いと思ったほどに。


 

『税金泥棒の名ばかりの王太子一家』


『国の恥を曝す王太子夫妻』


『尊き血筋を持たない王女』


 

 民衆の掌返し。

 今では王国の厄介者扱いだ。


 

 


「父上……娘は……どうなるのですか?」


「“どう”とは?」


「塔に幽閉されたままになるのでしょうか?」


「通常はそうだな」


「その……恩赦などは……」


「何の恩赦だ? そんなもの出ると本気で思っているのか?」


「父上……」


 父は情で動かない。

 分かっていた筈なのに。

 それでも言わずにはいられなかった。


 私は頭を下げて叫んだ。



「父上のたった一人の孫です。恩赦を願いたい!」


 


 



 

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