第1章 揺れる想い(1)

 カリヤは小国でも美しくて平和だとクロード王太子は想いを馳せる。

 ゆったりと輝くキラ湖を眺めながら、アン姫の側で穏やかに暮らせれば、どんなに幸せだろうか。しかし、ダイゼン王太子の立場でそんな思いを口には出せない。父王の怒りと反対に立ち向かい、跳ね返すだけの勇気も自信も持てないのだ。

 弟のエンリ王子は、大国を継ぐ地位にいる兄をうらやみ、自分にはどれほどの地位や権力が保証されるのか、と言うこともあったのだが、最近は、兄に継ぐ意思がなければ、自分がダイゼンの王になってもいいと言い始めた。内心(兄上がカリヤへ行きたければ行けばいいのだ。そうなればこの大国を自分の思い通りに統べる支配者になれるじゃないか)と思い、望んでいる。

 弟エンリ王子は暴走しそうな気がして、クロード王太子は考え込む

王位を譲っても良いが、自分が護らなければという思いもある。父王はもちろん母上も自分に期待していてくださるのだ、と思うとなかなか行動に移せない。

 アン姫が、「カリヤに来てくださるならうれしい」と言うものの、はっきり結婚したいと言わないのも、ダイゼン王が許すはずがないと思っているからだ。カリヤ公も慈父のように接してくれるが、来てほしいと言わないのは、ダイゼン王に遠慮しているからだろう。

 クロード王太子はため息をつく。結局は自分の意志と行動あるのみ…しかし父王に逆らえるだろうか?考えていると、

「王太子、剣術の時間になります」

 ロバートが呼びに来た。カムラ将軍家一族の青年たちが待っている。

 うむ、と王太子は強いて明るい顔を向け、あまり好きになれない剣術の稽古に出かけていく。思いきり剣を揮えば、少しはすっきりするだろうか?王太子は正確で鋭い剣を遣うとカムラ隊長が認め、称賛しているのを知らずに、ただ課せられた任務を果たしていた。


 アン姫は年に数回、父カリヤ公と一緒にダイランにやって来る。カリヤ公が王宮で王や主要な人々と会っている間は、別室で茶菓子を口にしながら楽しい会話が弾むのだが、いつも侍女たちが控えているし、自分の部屋へ誘おうとすれば止められてしまう。侍女に、王妃から命じられている、と言われては押し切れない。庭園の散歩くらいが自由な時間だが、必ず従者がいるから行動は制限される。自由なようでも見えない壁を感じるのだ。

 カリヤ公は忙しい。親しい人々と会ったり、カムラ将軍一族の所へ、よく会いに行っている。特にリード公夫妻の森の館へ出かけるとき、アン姫も従いて行くのが何となく気がかりだ。

 黄金色の髪をしたジョンとアンリ。二人とも恰好が良くて、アン姫を歓迎する。その上、表面には見せなくてもアン姫に好意を持っているのが判るセイジもいる。皆とアン姫がどんな話をしているのだろうと心配になる。

 アン姫は何も三人のことを話そうとはしないけれど、あれこれ想像してしまうのだ。彼らには負けないと思っていても、もしアン姫が誰かに心を移したら、と考えると心が騒がしくなって、王宮を飛び出したくなる。アン姫を信じるしかないが早く確約がほしい。

 しかし、「私はカリヤの女王になります」と宣言しているアン姫に、ダイゼンに来てほしいとは言いにくいし、アン姫が承知するとも思えないから、王太子の悩みは深いのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る