ハ.
カウンターから飛び出していった二人は、まず一番手前にある柱の陰に飛び込んだ。その影からスマホを差し出した
「『
特に照準を定めずに撮影された写真の中には銃を手にしたテロリストが無秩序に写り込んでいる。そんな彼らが手にしている銃器を内田は次々とタップしていった。
「『
内田が柱の陰でコソコソと呟くのに合わせてテロリスト達の手から銃が消えていく。突然己の手の中から銃がかき消えたテロリスト達は、声を上げたり周囲を見回したりして分かりやすく動揺を露わにしていた。
「フロア中心部の5人、武器の無効化完了ですっ!」
「オッケーッ!!」
内田の報告を受けた
「よぉいっしょぉっ!!」
そんな集団の先頭にいた人間に、腰溜めにされた雛乃の右の拳が突き刺さった。為す術もなく雛乃の奇襲を鳩尾で受け止めたテロリストの一人は、そのまま背後へ吹き飛ばされると窓を突き破って外に消える。破れた窓まで駆け抜けた雛乃は、勢いを殺すことなくガラス面へ足を乗せると窓の上を走りながら吹っ飛ばされた人間と銃撃で破られた窓に己の手を添えた。
「『
重力を無視して壁面を駆ける雛乃の手から燐光が広がり、美しい総ガラス張りの壁が姿を取り戻す。雛乃の動きを追っていたテロリスト達はその光景にも目を丸くしたようだった。
「まだまだぁっ!!」
雛乃の激走は続く。だがテロリスト達も圧倒されているばかりではなかった。
ようやく我に返ったのか、銃を取り上げられていなかった人間が再び突っ込んでくる雛乃に照準を合わせる。内田が隠れた場所からは死角になる位置にいる人間だ。『
だが雛乃がそれに怯むことはなかった。
「
雛乃の呼び声に応えてどこからともなく角材が飛んでくる。
大きさで言えばテロリスト達と同じくらい、重量で言えばテロリストを軽く凌ぐ角材の襲撃を予想できた人間なんて誰もいない。雛乃に集中していたテロリストは受け身さえ取れずに角材をモロに喰らって吹っ飛んだ。
その角材を投擲した源さんはと言えば、内田と雛乃が迎撃に出た背後で、他課の人間や来庁者達を守るためのバリケードを作っていた。目にも止まらぬ速さで動く金槌は、すでにホールから奥を守るための壁を全体の三分の一程作り終えている。
「ほら! キラリンレッドさんもタクラミンさんも行った行った!!」
いまだに柱の陰で震えている二人をそのバリケードの裏へ蹴り込みながら、内田はホールの先へ再びスマホを向ける。さらに何人かの武器を消し去った瞬間、前線で躍動する雛乃が内田が無力化させたテロリストの顎先を下から蹴り上げてふっ飛ばした。
「ど、どうして……!」
『雛乃先輩、実は
「どうして、我々を助けるような真似を」
「我々は、お前達と敵対していて……」
「え? それ、今関係あります?」
内田はその声に答えながらも視線をホールの中に戻した。
テロリスト集団をまとめてなかったことにしてしまえれば楽なのだが、きちんと逮捕して動機やら何やらを聞き出さなければならないということを考えるとその手段は使えない。だからチマチマと『
「だってキラリンレッドさんも、タクラミンさんも、
『もっと何とかできないか』と考えながら、何気なく内田は答えた。その言葉に二人が息を呑む。
そのことに気付かないまま、内田はさらに言葉を続けた。
「だったら、俺達がお二人を他の市民の方と同じように助けるのって、ごくごく普通のことでしょ?」
「だとよ、脳筋二人組」
言葉を失った二人の代わりに口を開いたのは、肩叩き機よろしくマジカルステッキで肩を叩きながらフロアに出てきた嘉穂だった。
「良かったな。うちの新人が善意の塊のようなヤツでよ」
「てか嘉穂課長、登場が遅いっすよ!! 雛乃先輩だけに前線任せっきりとかどうなんすかっ!?」
「るっせ。
内田の隣に並んだ嘉穂はチラリとバリケードを見やる。そんな嘉穂の視線に答えるかのようにバリケードの上からヒョコリと顔を覗かせた源さんはいい笑顔とともにグッと親指を上げた。どうやら源さんの仕事は完成したらしい。
源さんに頷いて答えた嘉穂は、次いで内田に視線を流す。それを受けてフロアに視線を流した内田は端的に成果を述べた。
「フロアに残っている8人中、6人まで手にしていた銃と目についた武器は取り上げました。ただ、まだやつらが武器を隠し持っている可能性は否めません」
「ご苦労」
嘉穂はカンッと革靴の踵を強くフロアに叩き付けながら前へ出る。
「ここから先は俺が引き受ける。お前は市民誘導に回れ」
「はいっ!!」
内田はなるべく柱の陰から出ないように後ろへ下がると、態勢を低く保ちながらバリケードの裏へ走り込んだ。
新人研修の一環で、内田は避難誘導をミッチリ叩き込まれている。その叩き込み方が他課の新人よりスパルタだったのは、内田が落ちこぼれであったからではなく、内田が景観保護課の新人だったからだ。
──後ろは内田に任せときゃあ何とかなるな。
嘉穂はゆったりと、普段よりも重々しくフロアを踏みしめながら前へ出た。カツリ、コツリと静かに響く足音は入り乱れた現場でも異音と感知されたのか、手前にいた二人が反射的に嘉穂を振り返る。
「テメェら」
マジカルステッキをジャケットの内ポケットに入れ、引き抜いた手でついでにネクタイを緩める。
次の瞬間、嘉穂は相手の懐に踏み込んでいた。瞬間移動をしたとしか思えない加速で踏み込まれたテロリストは無防備に大きく目を
「誰の許可取って暴れてやがんだ、おぉ?」
嘉穂の拳が相対した敵の体を軽々吹き飛ばす。後ろに立った人間にきちんとぶつかるように計算して吹き飛ばした体は、嘉穂の読み通り目標を薙ぎ倒し、さらにその隣にいた人間までをも巻き込んだ。雛乃がすでに二人制圧していたこともあり、フロアに残った敵はあっという間に半分まで減る。
その内の一人が震えながら口を開いた。
「お、おおおお前ら、何なんだよっ!?」
『いきなりテロってきた人間がそれを言うか?』とも思ったが、市民からのご質問ならばしがない公務員は答えて差し上げなければならない。
嘉穂の登場を受けて一旦後ろへ下がった雛乃。バリケードの向こうから避難誘導をしている馬鹿デカい声が聞こえてくる内田。どこからともなく姿を現した大工仲間達と協力して信じられない急ピッチで周囲を修復し始めた源さん。
そんな部下達の姿を見やった嘉穂は、顔中に凄みの効いた笑みを……それこそ、どんな悪役も怪人も泣きながら
「
答えと同時に繰り出された嘉穂の拳で結着は着いた。
悪役を己の拳で薙ぎ倒し、異能力で庁舎を完璧に修復してみせた彼らは、駆け付けた機動隊達を朗らかな笑顔で出迎えてみせたとか、みせなかったとか、何だとか。
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