第七世界群放浪記録「

根道洸

E」その記録をそっと掬った「

0」愚鈍なエピローグ

   【記録:0】


 誰も居ない真っ黒な空間で、私はひとつの白い椅子に座っている。かつてここには二つの椅子があったが、不要だからと私が消してしまった。王座は二つも要らないのだ。

 目は閉じた。開いている事に意味は無いから。だってほら、ここには何もない。開いていても、黒が広がるだけ。もう目の開き方も忘れてしまったかも。


 手を軽く振る。ひとつ、世界が完成した。時間を定義しなかったそれは、完成と同時に消滅した。全てを掌る私だが、しかし私は決して神様ではない。

「私は……、これで、よかったの?」

 自問する。自答はしない。

 私はかつて私と同じだった一人の少女を思い出す。義務感に駆られて自己を失ったあの少女と自分は何も変わらない。彼女と同じく、私もまた、孤独になった。

「あなたも、寂しかったの?」

 もう居ない少女に問いかける。返事は無い。

 時間は無限にある。比喩でも誇張でもない。本当に、無限に。

 手に持っている日記帳の表面を軽くなぞると、ひとつ、世界が出来上がる。たった百億年で、その世界は消滅した。経緯も結末も、私が知っているものだった。

 手に握っている日記帳を開く事はもうない。全て埋まってしまったし、ここに新たな記録が綴られる事はないのだから。

 これだけが、捨てられない。不要なものを削る際、真っ先に処理されるべきものだが、私は不思議とこの日記帳を捨てられずにいた。……そして、椅子と共に最後まで残った。

「……まだ、人間である事を諦め切れてないんだ。私。」

 これを捨ててしまえば、私は私でない別の何かに変わってしまう気がする。もう既に後戻りができないというのに、まだ先に進む事を躊躇している。私はもう人間とは呼べないはずなのに、それでも人間のままでありたいと願っている。烏滸がましさに嫌悪した。


 私は過去を思い出す。かつて時間さえも跳躍した私からすれば、過去という単語自体を疑うこともできる。この場所も時間の経過という概念があるかはわからない。それでも、私がかつて体験したことを過去と表現するのは正しいはずだ。

 決して幸せな過去ではなかった。しかし悲嘆するほどのものでもない。少し歪で、それでも平坦で。陳腐とは呼べないはずなのに、何故だか特別さを感じることもない。

「うーん、違う。」

 やはり私には難解な言葉の羅列は似合わない。あの世界を語るのに、繊細な言葉は不要。


「……楽しかった、それだけでいいの。」


 そして私は、眠りについた。私はあの世界の夢を見る。かつて私が日記帳に記した、私が見た世界の夢。

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