第13話

 カミーユが発ってからどれほどの日が経ったのだろう? フローラはとても長い年月を過ごしている気がしていた。


 そんな時、カミーユとともにサイモンがエイデン家へと一時帰宅をした。

 実兄であり、次期伯爵の大怪我である。

 見舞いと称して、騎士学校は休暇を数日もらっての帰宅である。


 サイモンとカミーユはすぐにファウエルの元へと案内される。

 中庭に案内されたそこには、フローラと母である伯爵夫人もおり、ファウエルの歩行の練習の時間だった。

 松葉杖を両手に、そのすぐ隣でフローラが背に手を当て一歩一歩、歩いていた。


 遠巻きに見ていたサイモンたちにフローラが気付き、

「サイモン?」驚いたように声をあげた。

 それを聞き、ファウエルと夫人もサイモンの方を見る。


 サイモンはゆっくりと近づき


「兄さん、遅くなってすみません。でも、聞いていたよりも大分回復したようで安心しました」にこやかに笑って言った。


「サイモン、あなたは今頃になって来て何を言うの? 回復なんてまだまだですよ。

 見てわからないの?」


 面白くない顔をして母が嫌味を言う。


「遅くなったのは申し訳ありません。ただ、カミーユ様が教えてくれるまで僕は何も知らされていませんでしたから。わざわざ教えに来てくださったカミーユ様にお礼を申し上げてくださいね。母さん」


 夫人はぎりっと歯ぎしりを立て、二人を睨みつけた。


「サイモン、わざわざ来てくれたのか? 学校を休ませてしまって申し訳ないことをした」


「いえ、兄さんの大事に弟の僕が来ないわけはないでしょう。ご無事で何よりでした」


「私も大分良くなったとは言え、まだまだおぼつかない。今もフローラにこの家に住み込みで手伝ってもらっているんだ」


「「住む込み?」」


 サイモンとカミーユが同時に驚きの声を上げる。


「フローラ、住み込みとはどういうことだ?父さんと母さんがそんなことを許したのか?」


「……はい、お兄様。ファウエル様に尽くすようにと」


「なんてことを」


 カミーユはわなわなと震える手を握りしめた。

 サイモンはファウエルと母を冷ややかな目で睨みつけていた。


 夕方になり伯爵も戻ると、フローラも加わり久しぶりの賑やかな晩餐を過ごした。

 和やかな時間を過ごすことができ、フローラも嬉しかった。


 その晩、フローラの部屋の窓を叩く音がした。

 カーテンを開け窓を見ると、そこにはサイモンがいた。

 夜中でもいつ呼び出しがかかるかわからないフローラは、部屋を抜け出すことができない。

 若い男女が、それも夜中に二人きりで会うことはかなわない。


 そっと窓のカギを開けるも、サイモンは部屋に入ろうとはしなかった。

 部屋の中と外で互いの手を握りあい、恥じらうように額を寄せ合い肌の温度を感じていた。


「フローラ、やっと会えた」


「サイモン、嬉しい」


「少し痩せたみたいだけど、この生活が辛いんだろう?無理することはない。今すぐやめてくれ。やめて、カミーユ兄さんのいる領地で僕を待っていてほしい」


「サイモン、でももう少しよ。ファウエル様も大分良くなってきているもの。そうすれば私たちのことも認めてくれるわ」


「フローラ、君は何もわかっていない。今の状況で僕たちを認めてくれることなんて絶対にない。君がこの家に住み込むことを言いことに、このままズルズルとうやむやにして、君との婚約を結ぶに決まっている。君は今すぐ逃げるべきなんだ」


「でも、私たちのせいで怪我をしたファウエル様を置いていくことなんて出来ないわ。せめて、もう少しよくなってから」


「フローラ。確かに兄さんが怪我をしたのは、君を追って行った先でのことだと聞いている。だからと言って、君がその責任を負う必要なんてない。だったら僕も一緒に償うよ」


「サイモン……私はどうすればいいの?」


「君は今まで十分尽くした。あとは僕の番だ。心配はいらない。大丈夫」


「どうする気?何を考えているの?」


「明日、今後のことを話し合おうと思う。フローラも一緒に隣にいてくれるかい?」


「もちろんよ」


「ありがとう。それだけで心強いよ。もう遅い、今日はゆっくり休んで」


「ええ、サイモンも疲れたでしょう?早く休んでちょうだい」


「ありがとう。良い夢を」


 そう言ってサイモンはフローラの手に唇を落とすと、フローラの元を去って行った。フローラはサイモンの姿が見えなくなっても窓の外を見続けた。

 なんだか胸騒ぎがする。サイモンの瞳がいつものような色ではなかったことに気が付いて。

 ざわつく思いを抑えるように月を見上げながら瞳を閉じた。


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