59 無情な千の矢


 魔力と波動。


 これはスキルを与えられ士者ならば必ずその身に存在する。

 しかしこれらは女神からスキルを与えらた後、その与えられたスキルによって完全に2つに分かれる事になっている。


 エミリアやユリマの様に魔法を扱う者は魔力を。

 俺やフーリンやヴィルの様に武器を振るう者は波動を。


 魔力は個人がスキル覚醒した瞬間にその個人の潜在能力から己の“魔力量”が決まる。この魔力量は勿論鍛錬や修行の類で僅かに増やす事も出来るが、魔力量に関してはほぼスキル覚醒と同時に多い少ないが決められるのだ。当然上級である王2級魔法や神1級魔法の類が使える様になるのは己の力量次第。


 反対に波動は少し異なる。

 波動は、個人がスキル覚醒した瞬間に魔力と同様、その波動の力を与えられる。しかし、この波動は魔力の様に初めから扱えるものではない。波動はフーリンやあのラシェルが言っていた様に、スキル覚醒後からもかなりの鍛錬を積み限界を超えた者しか会得出来ないんだ。当然超波動ともなれば、その力を扱える者はごく僅かとなる。


 自分で言うのもアレだが、俺も辺境の森で暮らした事により相当鍛錬された。気付かずにここまできてしまったが、俺は既に波動や超波動を扱う準備だけは出来ていたみたいだ。


 ただ、その波動の存在を忘れていた。


 初めてフーリンの波動を見た時から、心の何処かで“俺も使えるのかな?”とうっすら疑問に思っていた。


 直ぐに試そうにも中々タイミングがなく、結局ラグナレクやヴィルとの戦闘になってしまったが、結果あの時ヴィルに斬られたお陰で命の危険を感じてか、無意識にこの波動の力が溢れてきたんだ。


 それからというもの、俺はデバレージョ町でも祖の王国でも少しずつ波動の感覚を探っていた。


 そして俺はつい先日、見事この波動を会得した。


 会得したと言うと響きが少し格好いいが、波動に関しては全然会得するのに苦労しなかった。きっと死に物狂いで辺境の森を生き抜いた時点で、俺の体は超波動まで扱えるレベルに達していたんだろう。だから後は波動を感じ取って自由に扱える様にするだけだった。


 強いて波動を使うのに苦労したと言えば、それはつい最近まで俺が波動という重要な存在を忘れていた事。今では気が付いて実際に使えたからいいようなものの、不運不遇な自分の人生に嫌気が差すよ全く。


「凄いよグリム! 波動使えたの!?」

「使えたみたい。今初めて使ったけど」

「まさかグリムがまだ力を隠していたとはな。やはりお前とも早々に手合わせ願いたい」

「嫌だよ。何でお前と戦わないといけないんだよわざわざ」


 俺はそんな言葉を交わしながら、剣を鞘に納めた。1本は折れちまったな。でもアックスはもう動く気配がない。波動も消えている。俺の勝ちだ。


「ちゃんと使えたわね、波動」

「お前知ってたのかハク。だったら教えてくれよ」

「私もグリムは波動使わないのかなって、少し疑問に思ってたの。まさか忘れてるなんて思わなかったから」

「え、忘れてたって……それ本当なのグリム」


 “そんな事有り得ないでしょ”とでも言いたそうな表情を浮かべながらエミリアは俺の顔を覗き込んできた。


 やめてくれ。改めて言われると恥ずかしいから。


 ――ザシュ!


 俺達が話していた次の瞬間、後ろから銀色の矢が勢いよく俺の足元に突き刺さった。矢を放った相手は他でもない、もう1人の七聖天であるデイアナだ。


「待ちなさい! アックスを倒してもまだ私がいるわよ。アンタ達は私がここで仕留める。何があってもね」


 デイアナが睨みながら俺達に向かって言い放つ。すると、デイアナの周りにはここに向かっていた団員達が50人以上姿を現した。


「いつの間にあんなに団員達が」

「デジャブみたいだなこりゃ」

「ああ。だがあの時より状況はマシだろう」

「そうか? 確かに人数はかなり少ないけど、代わりに七聖天がいるぞ」

「そうね。あの時より敵の戦力が高いと思うけど、それは貴方達も同じ。強くなっているし、何より私が力を取り戻しているわ」


 団員達が現れた事によって戦況がやや不利になったかと思ったが、俺のそんな思いに反して突如ハクが1歩前に出た。


「次は“私”がやるわね。早くイヴを見つけないといけないし、私達に遊んでいる暇はないの」

「あら、気が合うわね。私も同じ事を思っているわ。そんなに焦らなくても直ぐに終わらせてあげるわよ。総員! 奴らを仕留めろ!」

「「おおぉぉぉ!!」」


 デイアナの合図で一斉に団員達が動き出した。皆が躊躇なく俺達目掛けて突っ込んで来る。更にその団員達の突撃に合わせ、デイアナが再び銀色に輝く弓を光の如く放つ。


 凄まじい速さで放たれた弓矢は瞬く間に団員達を追い越し、真っ直ぐハクの心臓目掛けて的確に撃たれていた。


 デイアナが放った鋭い矢先がハクを捉える直前、彼女は圧倒的な強さを誇る“神の魔力”を瞬時に練り上げた。


 ――グワァァン!

「「!?」」


 刹那、場が一瞬にして凍りついた。


 勢いよく突撃していた団員達も1人残らずピタリと動きを止め、己の心臓を捉えようとしていたデイアナの弓も“圧”によって吹き飛ばされてしまった。


 ハクは魔法の1つも使っていない。ただ彼女は魔力を“高めた”だけ。しかし、そのただ魔力を高めただけの行動が想像を絶する程に偉大で強力で圧倒的な存在感を放っていたのだ。


「すご……」


 目の前に君臨する獣天シシガミという神の力。その圧倒的な存在を前に、団員達は神秘的な崇拝と計り知れない恐怖を同時に打ちつけられ全員が動けなくなってしまった。


「な、何をしている! 総員、奴らを仕留めるのだ!」


 ハクの圧倒的の力の存在を前にして、唯一デイアナだけが辛うじてまだ立ち向かおうとしていた。これが並みの団員と七聖天の実力差。例え団長クラスであったとしても、今のハクを前に動ける者は限られるだろう。敵ながら流石は七聖天といったところだデイアナ。


 だが、もうこの勝負――いや、最早ここ辺り一帯の全てを含めて既にハクが場を“制している”。誰が見てもハクの勝利。奴らにはこの状況を覆す実力も戦力も闘志もない。詰みだ。


「神器『狩弓アルテミス』に選ばれた実力は確かな様ね、七聖天のデイアナ・ムンサルト」


 強大な神の魔力を発しながら、ハクはデイアナに話し掛けた。


「上から目線で偉そうね! 如何にも世界を破壊しようとしている“邪神”らしいわ」

「邪神? ハクが?」


 一瞬俺達は耳を疑った。コイツら七聖天や騎士魔法団には何がどう伝わっているんだ。


「成程、国王の差し金ね。あの男が考えそうな事だわ。大方私達3神柱を全ての元凶にしようとしてるのね」

「信じられない。国王様がそんな事するなんて」

「まぁ子供の俺を平気で森に飛ばす奴だからな」

「ゴチャゴチャと何を話しているの。邪神に威嚇されたとしても私のやる事は変わらないわ」


 次の瞬間、ハクに負けじと強力な魔力を練り上げたデイアナは自身最大であろう上級魔法攻撃を放ってきた。アックスも超波動という領域に達した確かな実力者であったが、それはデイアナも然り。


 だがデイアナに限らず、弓というスキルを与えられた者達は攻撃的武器でありながら、波動ではなくその身に“魔力”が与えられるのが特徴的なスキル。これはエミリアの杖やユリマの書とはまたタイプが若干異なり、弓のスキルを与えられた者達は“攻撃魔法”に特化する者が殆どだ。


 仮に波動を力順に並び変えて波動、超波動、共鳴、神威とするならば、王2級魔法は間違いなく共鳴や神威と同様のクラスだろう。


「王2級魔法、“サウザンド・ソムストーム”!」


 デイアナが発動した王2級魔法。彼女はが銀色に輝く1本の矢を空に向かって放った次の瞬間、矢は瞬く間に空を覆う程に増幅し、その矢は一斉に俺達目掛けて降り注いできた。


「これはやべぇ」

「皆私の傍に来て。“ディフェンション”」


 デイアナの無数の弓を防ごうと、エミリアが俺達を自分の元に集めて得意の防御壁を繰り出した。


 ――ズガガガガッ!

 想像以上に威力のある凄まじい矢の雨。

 エミリアの防御壁によって何とか防ぐ事に成功したが、安心したのも束の間。流石に七聖天の王2級魔法だけあってかなり強力。それもデイアナは弓のスキルを持つ攻撃魔法に特化したタイプ。攻撃の威力だけで言えば先のラグナレクと同等かそれ以上だった。


 ――ズガガガガッ!

「うッ、このままだと持たない……!」


 降り注いでくるデイアナの鋭い弓により、強力な防御力を誇るエミリアの防御壁に徐々に亀裂が生じていた。


「そのままハチの巣になりなさい」

「うゔッ!」

「耐えろエミリア!」


 エミリアは懸命にデイアナの攻撃を耐えていた。しかし直後限界が訪れる。僅かに生じていた亀裂がみるみるうちに大きく深くなり、次の瞬間遂に防御壁がガラスの様に砕け散ってしまった。

 

 ――ズガガガガガッ! ミシミシッ……バキィン!

「「ッ!?」」


 ヤバい。

 

 俺達全員が同時にそう思った。


 砕け散るエミリアの防御壁の残骸。


 そして直後、防御壁を貫いた容赦ない矢の雨が今度こそ俺達を襲った――。


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