第36話 前向きに


「もしもし?」

「ああ、優。夜にすまん」


 京香と別れて部屋に戻った時、彰から連絡が来ていたのに気づいてすぐ電話した。


「いや、いいけど。なんかあった?」

「んー、せっかくだしドライブどうだ? 俺、バイクの免許取ったんだよ」

「お、まじか。あ、いや、でもなあ」

「京香ちゃんに怒られるか? はは、早速尻に敷かれてるじゃん」

「そうじゃないけど。ま、一言言ってから出るよ。迎えきてくれるのか?」

「ああ。十五分後に家の前で」

「了解」


 というわけで急遽予定ができた。


 で、隣の部屋をノックする。


「京香、ちょっと出かけてくる」


 と、言ったらその瞬間すごい勢いで扉が開いた。


「うわっ」

「ユウ、どこ行くん?」

「ど、どこって……彰がドライブしようって」

「あ、あっくんかいな……なんや、てっきり夜遊び行くんか思たやん」

「行くかよ。いや、まあ、遊びに行くっちゃ行くんだろうけど。でも、なんか話があるんだろ」

「そっか。迎えくるん?」

「ああ。免許取ったんだって」

「へー、ええなあ。ほな帰ったら感想きかせてや」

「いいけど寝てるだろ」

「起きてたらでええから」

「はいはい、わかったよ」


 これから寝るだけのはずだが、京香はそれでも俺が出かけようとするのを少し辛そうにする。


 袖をきゅっとつかんでから「はよかえってきてな?」って言われると、胸がきゅっと苦しくなる。


「うん、大丈夫。あいつの話聞いたら帰るから」

「絶対? 地元の女らと遊んだりせん?」

「遊んだことないだろ」

「あっくんの連れがおるかもやん」

「いたら帰る。約束する」

「うん。あ、来たみたいやで」


 外で大きなエンジン音がした。


 それを聞いてようやく手を離した京香が、部屋に戻りながら「約束やで?」とか細い声で念を押すので、


「大丈夫だよ」

 

 と、京香をやさしくハグする。


「……うち、めんどくさいやろ?」

「ううん、かわいい」

「アホ。多分ずっとこんなんやで? もっとひどなるかも」

「京香ならいいよ。俺、別に京香が行くなって言ったら今からでも断るし」

「……ううん、あっくんは大事な連れや。ちゃんと聞いてあげて」

「ありがと。すぐ戻る」


 我慢させてるんだろうってわかってはいたけど、京香もそれじゃダメだって思ってるだろうし俺はお言葉に甘えるように京香を離して部屋を離れる。


 明日はもっと甘えてもらおう。

 京香が不安にならないように、精一杯頑張らないと。


 そんなことを考えながら外へ。


 で、鍵をかけてからバイクにまたがった彰のところへ。


「よ」

「遅かったな。京香ちゃんとイチャイチャしてたのか?」

「まあ、そんなとこだよ」

「はは、いいねえ。すまんな、邪魔して」

「いいよお前の誘いだから。で、どこいく?」

「海まで走ろうぜ」

「おっけー」


 ヘルメットをもらって、彰の後ろにまたがる。

 こうして誰かの後ろに乗せてもらうのは京香と中学の時に走ってた以来だ。

 バイクが走り出すと、夜の涼しい風が顔に当たる。


「なんか懐かしいなこういうの」

「優、なんかすっかり丸くなったな」

「あ、なんて?」

「はは、聞こえないか。よし、飛ばすぞ」


 勢いに乗ったバイクはそのまま田舎道をまっすぐ進む。


 そしてしばらく走ると、海が見える。


 よく、三人で黄昏た地元の浜辺だ。


「ふう、さすがに誰もいないな」

「優、ほらよ」

「あ、さんきゅー」


 バイクを降りて、彰から缶コーヒーを受け取ってから二人で砂浜へ。


 穏やかに満ち引きする海の音を聞きながら、月明かりで明るい空を見上げるように二人で座って。


 彰が、すぐに話を始める。


「なあ、京香ちゃんにどうやって好きっていったんだ?」

「俺の話? いや、なんかダサい告白だったけど。それに最後は京香の方から言ってくれて、やっと付き合えたって感じだし」

「ま、ずっと両想いだったもんな。遅すぎるくらいだよ」

「おい、もしかして京香が俺のこと好きだって知ってたのか?」

「知らねえのなんかお前くらいだよ。学校中の連中が知ってたさ」

「まじか」

「あれだけ一緒にいて、京香ちゃんがべったり離れようとしないのに気づきもしないお前が悪い。ほんとそういうとこだけ鈍いよな」

「……で、俺にそれが言いたかっただけか?」


 話を戻そうと、彰に聞く。

 以前ならこうしてくだらない話をだらだら話して朝まで、という感じだったけど。


「なんだよ、雑談だろ」

「京香が待ってる。早く帰らないと怒るんだよ」

「あーあー、すっかりいい旦那だな。ま、そういうお前にだから相談したいって思うんだけど」

「で、篠宮さんのことだろ? 昼間話した以外に何か引っかかることがあるのか?」

「……なあ、誰かをずっと好きでいることって、やっぱりありえないのかな?」


 いつになく小声で。

 波の音にかき消されそうなくらい小さく彰が言った。


「俺はずっと京香が好きだぞ。幼稚園くらいからだから、十年くらいかな」

「すげえな。俺はりこのこと好きになってからまだ三年くらいだけど。最近よくわからなくなってるんだ。俺が好きでいることすら、あいつには迷惑なことなのかなって」

「好きになられて迷惑なんて、よほどじゃないとありえないよ。それに、今でも連絡がとれるのだって向こうにも何かしら気があるからって証拠だろ」

「憎いから死ぬまで嫌がらせしてやろうとかじゃなくてか?」

「死ぬまで嫌がらせしてるって、それってつまり死ぬまで関係がつながってるってことだろ? 嫌な相手なら一刻も早く絶縁したいけどな普通」

「……なるほどな。ほんと、俺ってネガティブだなあ」

「俺もだよ。だから気が合うんだろうけど」

「間違いない。でも、そういわれてちょっと楽になったよ。うん、送ってくからいこうぜ」

「もういいのか?」

「京香ちゃんに会いたくてそわそわしてるお前にこれ以上話してもいい答えが返ってくる気がしないからな」

「うっせえ」


 少しだけ、彰の顔が晴れやかに見えた。


 まだ曇りもあって、帰りの道中もずっと無言だったけど。

 

 家の前まで送ってくれたあと、去り際に見せた彰の笑顔はちょっとだけ吹っ切れているようにも見えた。


 うまくいくことは祈るしかできないけど。


 せめて、彰の気持ちが篠宮さんに届けばいいなって思いながら。


 遠くなっていく親友の姿を見送った。

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