厄祓いの八雲

八月十五

厄祓いの八雲

厄祓いの八雲

 濱中智佳(はまなかちか)は困惑していた。最近、調子が悪いのだ。

 とは言っても、体調が悪いわけではない。そして、精神状態が悪いわけでもない。

 とにかく、身体が重いのだ。夜もあまり眠れない。

(病院に行くべきかなぁ……)

 幸い、智佳の父は医者だ。頼めばすぐに診てくれるだろう。

 そこで、少し先で人ごみがモーゼが海を割るシーンの様に両端によっていた。

(うわっ……!)

 声を上げるのをギリギリで我慢する。

 前から現れたのは、和服を着た青年だった。

 別に智佳も、和服を着ているぐらいで引いたりはしない。智佳が引いたのは和服の男の持っていたものだ。

 奇妙な札が何十枚も貼り付けられた棒を担いでいたのだ。棒の先にはこれまた奇妙な道具がいくつも吊り下げられている。

 これでは警察に事情聴取されても文句は言えない。

 顔を下げ、素通りしようとするが、残念なことに、智佳は声を掛けられた。

「君、憑かれてますよ」

 そう言うと、ポケットから一枚の名刺を取り出し、智佳に握らせると、そのまま行ってしまった。

 智佳はその名刺をポケットに仕舞うと、足早に帰路に着いた。


 智佳は家に帰ってくると、食事中にその話を両親に話した。

 その話をすると、父は血相を変えて騒ぎ出した。

「その名刺、ちょっと見せてみろ」

 焦る父に向けて、ポケットに突っこんだままだったため、ヨレヨレになった名刺を差し出す。

 その名刺を見ると、父は震える手で智佳の手を握る。

「——行くぞ!」

 智佳は父親に手を引かれたまま、連れ出された。


 父に車に乗せられ、移動すること十分。

 着いたのは、木造のボロッちい物置小屋だった。

「お父さん、ここ何処?」

「その名刺に書いてあった住所だ」

 つまりここは、あのおかしな男の家ということだ。

「知り合いなの?」

 智佳がそう聞くと、父は懐かしそうに笑った。

「腐れ縁さ」

 物置小屋の扉をノックする。

「はいは~い」

 出てきたのは、あのおかしな男だ。

「あ、先生。どうしました?」

「実はうちの娘が厄に憑かれてね」

(厄? 何のこと?)

 智佳が困惑していると、父が名刺を智佳に返す。

「見てみろ」

 そこにはこう書かれていた。

「厄祓(やくばら)い、役持(やくもち)八雲(やくも)」

 智佳が声に出して名刺の内容を読み上げると、おかしな男改め八雲は嬉しそうに笑った。

「じゃあ中へ」

 父と智佳は物置小屋の中へと入る。

 物置小屋の中は、よく分からない物がたくさん置いてあった。

「さて、では始めましょうか」

「ああ、頼む」

 そう言うと、智佳の額におかしな札を貼り付ける。

「なにこれ?」

「除霊の札だよ」

 しばらく待つと、智佳の身体に鋭い痛みが走る。

「痛いっ! 何で⁉」

「今、君の体の中では厄が暴れ回っているんだ」

 喋りながらも八雲は手際よく次の道具の準備をしている。

「そろそろかな」

 八雲は壺の中に手を突っ込むと、中に入っている粉を一握り、智佳の周囲にばら撒いた。すると、モクモクと煙が立ち込め、人が想像する幽霊のような形になる。

「なにこれ⁉」

「これが厄。人の目に見やすくしたんだ」

 喋りながらも八雲の行動は素早かった。榊の木に札を何枚も貼り付けた棒を握り、厄を叩く。

「えい! やあ! とう!」

 しばらく叩き続けていると、厄の姿が消えた。

「ふう、厄祓い成功」

 八雲は「一仕事終えた」とばかりに額の汗を拭う。

「お疲れ様、八雲君」

 父は八雲にお金の入った封筒を渡す。

「ありがとうございます」

 八雲はそれを受け取り、渡した人間の目の前であるにも関わらず中身を確認する。

 中には一万円札が数枚入っていた。

「これで今月も生きていけます」

(厄祓いって儲からないんだなぁ……)

 智佳は少し落ち込んだが、それでも自分を救ってくれたことには変わりない。

「八雲さん」

「ん、なんだい?」

 智佳は深呼吸して言う。

「私を弟子にしてください!」

「ええええええ‼」

 余程驚いたのか、厄祓いの時でさえ表情を崩さなかった八雲の表情が驚愕に変わる。

「いや、俺はちゃんとした厄祓いじゃないし……そうだ、本部に連絡しておくから、そこで教えてもらった方が——」

「いいえ、八雲さんに教えてもらいたいんです!」

 それを聞いて、父は腹を抱えて笑い出した。

「それはいい! 八雲君になら、安心して娘を任せられるよ!」

 ポンポンと肩を叩かれ、八雲は承諾せざるを得なくなるのだった。


「ごめんくださーい」

 翌週の土曜日、智佳は再び八雲の家(物置小屋)を訪れていた。

 智佳はまだ高校生なので、学校生活を蔑ろには出来ない。そこで、土日の休みだけ八雲に修行をつけてもらうことになったのだ。

 もちろん授業料は父が払ってくれることになった。

「はいはい。いらっしゃい」

 八雲はいつも通りの和服で出迎える。

「まずは座学。厄についての基礎知識から教える」

「はい」

 八雲と智佳はテーブルを挟んで対面に座る。

「まず、厄と言うものが何かについてから話そう。厄と言うのは簡単に言えば悪霊の一種だ。普通の悪霊との違いは、人間に例えるなら、厄は偏食家だ」

 智佳は首を傾げる。

「偏食家というのは?」

「厄は厄にまつわるものにだけ憑く」

「厄にまつわるもの?」

「例えば俺の名前。役持八雲の場合、やくもちやくもと読めば、厄が二つ付いていることになる」

 つまり、名前そのものに厄が付いているわけだ。

「厄の存在を知っている人間なら、こんな名前は付けない。まあ、厄自体がマイナーな種類の悪霊だからな」

「じゃあ、私は何で厄に憑かれたんですか?」

 濵中智佳という名前に厄は含まれていない。

「お前、誕生日は?」

「八月九日です」

「それだ」

 八月九日で八九(ヤク)というわけだ。

「でも、今までこんなことありませんでしたよ?」

「神を信じていなかったか、逆に、余程信心深く生きてきたか?」

「はい」

 智佳は毎日神社に通い、祈りをささげるのを日課にしてきた。

「守られていたってことなんだろうよ」

 そう言って、榊の棒に目を向ける。お札が何重にも貼り付けられた、あの棒だ。

「あの棒に貼ってあるお札も、いろんな神社からもらった護符だ。神様には、厄を祓う力がある」

 厄が悪霊の一種ならば、悪霊を神が寄せ付けないのも納得できる。

 だが、一つ疑問が残る。

「今でもちゃんと毎日神社にお参りに行ってるのに、何で憑かれたんでしょう?」

「それは見当がついてる」

 一拍おいて八雲は言う。

「憑けた奴がいる」

 智佳は目を向いて驚く。一瞬意味が分からなかったが、少しの間をおいて八雲に聞き返す。

「どういうことですか?」

「そのままの意味さ。厄を人為的に人間に憑けた奴がいる」

「そんなことをして、何の意味があるんですか⁉」

「わざと厄を憑けても、普通の人間には見えない。つまり、自分で祓ってもバレない訳だ」

 そこまで言われて智佳も気が付いた。

 つまり、自分で憑けた厄を自分で祓い、除霊と称してお金を貰えばいいのだ。

「つまり、犯人は有名な厄祓いってことですね」

 八雲は智佳の頭の回転の速さに内心驚いていた。

 説明する前に言おうと思ったことにたどり着いたからだ。

「見当は付いていると言っただろう?」

 八雲はテーブルに一枚の写真を出す。

 狭いテーブルなので、真ん中に写真を置いても八雲にも智佳にもちゃんと見えた。

「名前は薬師寺(やくしじ)新(あらた)。厄祓いとしては割と有名だな。まあ、肩書は陰陽師とか対魔師とか呼ばれててはっきりしないが……」

 八雲は不満そうに言う。厄祓いという肩書が有名でないのが不満なのだろう。

 それを気が付いた智佳が八雲の手を握る。

「?」

 八雲は困惑して智佳の方を見ると、智佳は優しい笑みを浮かべて八雲に言う。

「大丈夫です。師匠は凄い厄祓いですよ。私を治してくれましたから」

 八雲はバツが悪そうにうつむく。

「じゃあ、お前の修行をしながら、薬師寺新について調べるぞ」


 二人は、町の端にある小さな公園に繰り出した。

「それで師匠。何ですかこの服……」

 智佳は八雲と同じような和服を着せられていた。

「俺は形から入るタイプなんだ」

「はあ……」

「それより、お前にはこれから厄を視てもらう」

 智佳が目を細めて辺りを見渡すが、別段普段と変わった様子はない。

「特に何も変わりませんが?」

「まだ何もやってないからな」

 智佳は赤面して咳払いで話題を変える。

「それで、どうやって厄を視るんですか?」

「霊視と言う技術だが、一朝一夕にはできないぞ」

「え? でも、霊視ができるようになる札とか……」

 八雲は額に手を当ててため息を吐く。

「そんなものはない。俺は道具頼りの厄祓いだが、霊視だけは自力で習得した」

 それにと八雲は続ける。

「厄祓いの使う道具は何かと高い。俺が貧乏なのもそういう理由だ」

「厄祓いって、儲からないんですか?」

「ああ。一回の収入は多いが、出費がかさむからな」

(じゃあ、何で厄祓いなんて儲からない仕事してるんだろう……)

 仕事をする理由には、大きく二種類あると思っている。

 一つは、単純に金が欲しいから。これが一番大きい理由だという人は、やりたくないことでも儲かる仕事に就く人が多い。

 もう一つは、”この仕事がやりたい“と思って就く人。こういう人は、儲かる儲からないではなく、その仕事をやっていることに意味があり、誇りなのだ。

「師匠は、厄祓いになりたかったんですね」

「ああ」

 そこで八雲は会話を止め、地面に坐禅で座る。

「まずは精神を安定させること。目で見るのではなく、心で視ろ」


 三時間後。

「はぁ……はぁ……」

 智佳は地面に寝転がっていた。

「おい、服が汚れるぞ」

 あれからかなりねばったが、どれだけ坐禅をしても、霊視ができるようにはならなかった。

「私、進歩してますかね……?」

「そんなの本人には一番分からないもんだ」

 智佳はガバッと起き上がり、背中に着いた土を払う。

「コツとか抜け道とか無いんですか?」

「あるにはある」

 八雲の肩をガシっと掴み、顔を近づける。

「教えて下さい!」

「命の危機が近づいたとき視えやすくなるらしい」

「え~……」

 それはつまり、「死にかけたら視えやすくなる」ということだ。そう簡単に死の危機に直面できるものではないし、できればしたくない。

(いや、一つ思い当たる節がある)

 智佳は、自分の右手の爪で自身の左手首を思い切り引っ掻く。

「おい何してる!」

 八雲が慌てて傷口に布を押し付けるが、手首の血管は不味い。

 血がドクドクと出てきて、あっという間に布が真っ赤に染まる。

 だが、智佳は全く傷口を見ていなかった。

 もっと別の何かを視ているように、何もない場所をずっと見つめていた。

「おい、まさか……」

 八雲が恐る恐る聞くが、智佳は冷静に、冷徹に言う。

「はい、視えました」


 夕暮れになり、八雲と智佳は物置小屋に帰ってきていた。

「まさかこんなに速く霊視ができるようになるとはな……」

「えへへ~」

 だがと八雲は言葉を続ける。

「もうその手段は使うな」

「えー!」

 何でだと問う前に、八雲が少し言葉を強めて言う。

「お前の身体が壊れる」

 霊視は厄祓いの基礎だ。厄を視る度に毎回使うことになる。その度に毎回手首を切っていたら、手首がイカれる方が速い。

 八雲はそうたっぷり時間を使って長々と説明した。

 智佳も渋々理解したのか、首を縦に振る。

「お前は女性だ。傷痕が残ると不味いだろう」

 その言葉に、智佳が頬を赤く染めるのを、八雲は気付かなかった。

「もうそろそろ帰ります」

「ああ、送っていく」

 智佳が立ち上がると、それに合わせて八雲も立ち上がる。

「いいですよそんな……」

「いや、もしものことがあったら先生に顔向けできない」

 そう言ってキーをポケットから取り出す。

「あれ? 車持ってるんですか?」

「維持費が高すぎる。バイクだよ」

 八雲が智佳にヘルメットを投げる。


 十五分後、智佳を後ろに乗せた八雲のバイクは、濱中家へやって来ていた。

「ありがとうございます」

「じゃあ、また明日な」

 八雲のバイクは夜道を引き返していった。

 その後、左手首にできた引っ掻き傷を父に問いただされたのは割愛する。


 それから少しの月日が流れた。

 智佳は霊視を(歪な形で)使えるようになり、八雲は智佳に道具の使い方などを教えた。

 そんなある日。智佳はいつも通り、八雲の物置小屋で道具の整備をしていた。

「師匠、そろそろ道具の使い方以外を教えて下さいよ」

「無理だ」

「何でですか?」

「俺が道具を使うことしかできないからだ」

 しばしの沈黙。

「ええええええええええ⁉」

 智佳は開いた口が塞がらなかった。

「今までどうしてたんですか⁉」

「道具頼り」

「私を治したときも⁉」

「そう」

「え~」

 智佳は初めて弟子入りを間違ったかもと思った。

「俺は霊視ができて、ちょっと厄に耐性があるだけの一般人なんだよ。ちゃんとした厄祓いの修行も受けてない」

(まあ、霊視ができるだけでも十分かな……)

 八雲の師匠としての株が少し落ちた瞬間だった。

 そんなある日のこと。

「智佳、視えるか?」

「手首切りますか?」

「……いや、いい」

 買い出しに出ていたときの事だった。

 急に八雲が目を見張って、智佳に先の質問を投げかけたのだ。

「異常な厄に憑かれている奴を見つけた」

「じゃあ……」

「ああ、その先に薬師寺新がいる」

(このまま追うか? だが、それは人を一人見過ごすことになるんじゃないのか……)

 少し迷うが、これも新を捕まえるためだと割り切る。

 大量の厄に憑かれた人を追いかけると、こぢんまりとした寺院があった。

「よし、薬師寺新を探すぞ」

 八雲が智佳の耳に顔を近づけ、小声で話す。

「ひゃ、はい!」

 すると、智佳は顔を赤らめ、声を弾ませる。

「? どうした?」

「何でもありません!」

「しっ、声が大きい」

「す、すいません」

 門番などがいなかったので、寺院自体に入るのは簡単だった。

 そのまま大量の厄に憑かれた人の後を追うと、寺院の中から黒い着物を着た成年が姿を見せた。「ああ、どうも」

「薬師寺様。今日もよろしくお願いします」

(薬師寺、あいつで間違いなさそうだな。声をかけるべきか? しかし、今出て行けば関係の無い人を巻き添えにしてしまう……)

「そこに隠れてる奴、出てこいよ」

 八雲が悩んでいると、新の方から声がかけられた。

「君は奥の間へ」

 新は大量の厄に憑かれた人を寺の奥へ通す。

「意外だな。自分が厄を憑けた人間の安全を考えるとは」

「厄を祓って大金を騙し取る大事なお客様だからな」

 八雲が怒りで拳を握り締め、地面に血が滴っていることに智佳だけが気が付いていた。

「お前は厄祓いを何だと思っているんだ!」

「金儲け」

 八雲が激昂して怒鳴るが、新は涼しい顔で返す。

「厄祓いは出費が嵩むからな。定期的に羽振りの良い客がいてくれないとやっていけないわけだ」

 新は悪びれもせずに言う。

「勘違いするなよ。俺も厄祓いだ。厄を祓うことが使命だと思っている。だが、もっと厄の研究をするには、金がいるんだ。貧しい人間に安く施術するためには、金持ちから搾り取るしかないんだよ」

 新は明確な「悪」ではないのかもしれない。本当に、厄祓いの未来のために行っているのかもしれない。それでも、八雲は戦う事に決めた。

「薬師寺新。お前を拘束し、厄祓い総本山で裁判にかける」

「そうか、なら——」

 新が指で印を結ぶと、厄たちが集まってくる。

「俺を負かしてみるんだな」

 八雲はお札が何重にも貼り付けられている榊の棒で攻撃する。

 厄はほぼ無尽蔵にやってくる。対して、八雲は一人だ。一対多では限界がある。

 次第に、八雲は防御に回り、やがて、防御すらも間に合わなくなった。

「師匠、私も——」

「駄目だ、来るな!」

 会話をしている一瞬の隙に、八雲は厄に憑かれた。

 厄は宿主の生命力を吸って生存している。

 つまり、一体の厄に憑かれただけでもかなりの疲労感があるわけだ。

 その疲労困憊の八雲に、厄が次々と取り憑いた。

 結果、八雲は倒れた。

「師匠!」

 智佳が駆け寄るが、智佳はまだ厄祓いとしては未熟だ。道具の使い方しか分からない。

「師匠に憑けた厄を祓え!」

「そいつも厄祓いなんだ。自分に憑いた厄くらい祓えるだろ?」

 智佳は目一杯渋った後に答える。

「……できない」

「は?」

「師匠は道具頼りだ。霊視以外はできない」

「……」

 それを聞いて、新はしばしの沈黙の後。

「ハハハハハハッ!」

 笑い転げた。

「じゃあ何か? 三流どころか道具頼りの自称厄祓いが、偉そうに俺に説教してた訳だ」

 そう言うと、新は笑いながら去って行った。

「師匠、待ってて下さい。今助けます」

 智佳は懐から小さなナイフを取り出すと、祈るように呟く。

 八雲から、もしも霊視が必要になったときのためにと渡されていた、銃刀法違反しない程度のナイフだ。

 右手でナイフを持ち、左手首を切り裂く。

「うわっ⁉」

 八雲を霊視した途端、大量の厄に憑かれているのが視えた。

(どうすればいい? どうすれば救える?)

 そんな時、さっきまで八雲が振るっていた榊の棒が目に入った。

 それと同時に、八雲が過去に言っていた言葉が脳裏に蘇る。

『神様には、厄を祓う力がある』

 智佳は慌てて榊の棒を掴むと、何重にも貼られているお札を一枚剥がす。

 それを八雲の口に強引に押し込む。

「んぐうううううう‼」

「お願いします。飲み込んで下さい!」

 やがて、八雲はお札を飲み込んだ。

 すると、八雲に憑いていた厄が祓われていく。

(思った通りだ。神様の力が宿ったお札なら、厄を祓える)

 智佳が安心したのもつかの間、智佳の頭に拳骨が振り下ろされた。

「痛たぁ⁉」

 息を吹き返した八雲の拳だった。

「何するんですか⁉」

「それはこっちの台詞だ! 殺す気か‼」

「す、すいません。これしか救う方法が思いつかなかったので……」

 八雲は頭をガシガシと掻いた後に智佳の頭に手を伸ばす。

 また殴られると思った智佳は目を瞑るが、八雲の手はやさしく智佳の頭を撫でた。

「よくやった」

「……」

 智佳は言葉が出なかった。

 智佳の言葉が出ない間に、八雲は行動を開始した。

 榊の棒を手に取って歩き出したのだ。

「ちょっ、まだやるんですか⁉ 死にかけたのに⁉」

 智佳の視線が鋭くなる。

「ああ、作戦がある」

 智佳の攻めるような視線に負けて、八雲は喋り出した。

「俺は昔、厄に憑かれやすい体質だった」

 智佳は視線を緩め、黙る。

「当時は厄祓いの存在なんて知るよしもなかったから、医者に家に来てもらってた。その医者が濱中先生。お前の父親だ」

 智佳が何も言わないので、八雲は構わず続ける。

「成長して体力が付くと、俺は厄に対する耐性を手に入れた。それで、俺のように厄に憑かれて苦しんでいる奴を救いたいと思い、厄祓いを始めた」

 八雲が黙ったので、智佳は話が終わったのを悟る。

「それで、薬師寺新が許せないんですね?」

「ああ」

 智佳は覚悟を決めた。

「策があるんですよね?」

「ああ!」


 新の前に、再び八雲が現れた。

「死に損ないのくせにまだいたのか。いや、厄を祓ってもらいに来たのかな?」

 新は喋りながらも状況を整理していた。

(弟子がいない。逃げたか? まあ、元々戦力としては数えられなそうだが……)

 八雲は新に向かって全速力で突撃していく。

(特攻か?)

 新は前回と同じように指で印を結び、厄を集める。

 そこで、新は見落としに気付く。

(札が貼り付けてある棒はどうした……?)

「今だ!」

「はい!」

 八雲の合図で、柱の陰に隠れていた智佳がお札を宙にばらまく。

「これは——」

 新が集めた厄たちが、お札に触れて消滅していく。

「厄対策だ。榊の棒から一枚一枚お札を剥がしたんだ」

 だが、新は慌てた様子はない。

「それで、厄を封じてどうするつもりだ?」

 厄を封じれば、二人ともただの一般人だ。 厄を操作できるのが、厄祓いと一般人の最大の違いだ。

「俺は元々道具頼りだからな」

 八雲は拳を握ると、新に向かって振り抜く。 新は反応できず、八雲の拳が新の顔面にめり込んだ。

「ぐはっ⁉」

 そのまま仰向けに倒れ、気絶する新。

「俺も、もやしの中では負けねえよ」

 厄が操作できないのなら、普通の人間と同じ喧嘩方法しかない。


 数十分後、新は縄で拘束され、八雲の物置小屋に来ていた。

「さて新。お前にはこれから俺達と総本山に行って裁判を受けてもらう」

 八雲が淡々と告げるが、新は特に動揺した様子はない。

「まあいいさ。俺が有罪になるとも限らない」

「言ってろ」

「あの……私もですか?」

 二人の言い合いに割って入るように、智佳が言う。

「ああ。総本山は厄祓いの育成施設でもある。お前の役に立つだろう。これからは厄祓いとしてビシビシ鍛えていくから、覚悟しろよ?」

 それを聞いて、智佳は嬉しそうに微笑んだ。

「はい!」

「道具頼りの自称厄祓いに師匠なんてできるもんか」

「ああ。だから、俺も鍛えてもらうことにした」

 八雲の発言に、新が訝しそうな顔をする。

「何?」

「俺も厄祓いとして成長しようと思ってな」

かくして、奇妙な三人の総本山へ向けた旅が始まるのだが、それはまた別のお話。

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