52 挨拶と

「ラナ」


 ディナーを終え、各々用意された部屋に戻ろうとしていたところに声がかかる。

 名指しだったにもかかわらず、そこにいたテオ、フェリル、妖精王が先に振り返り、最後に呼ばれた本人が反応する。


「アル? どうかしたのですか?」


「少し時間をもらえないだろうか?」


 竜が去った後、処理に追われていたアルフレッドは、結局ラナとゆっくり顔を合わせるタイミングはなかった。夕食に同席はしていたものの、あれはルイ主導の会であり、ラナとの席も近くはなかったので、言葉を交わせずにいた。

 明日になればラナは森に帰ってしまう。ゆっくり話せるとしたら、この機会しかない。

 アルフレッドはこの機会を逃すつもりはないと言わんばかりに、ラナたちの集団に詰め寄っていた。


「あら、アル。謝罪ね。謝罪に来たのね」


 腕を組み、鼻を鳴らしながらフェリルが言う。

 夕食前に妖精王からお説教を受け、しょんぼりしていたフェリルも、用意されたご馳走を食べた途端元気を取り戻していた。


「挨拶だろう。邪魔してやるな、フェリル」


「余裕ね、テオ。あなただって……」


「余裕ってこともないけど……ま、いいからいいから」


 言葉を遮られたことにも、まだ納得していないのにということにも不服そうなフェリルを引き、ラナを残して撤退する。

 去りゆく背中を見送りながら、アルフレッドは声にならない感謝の言葉を落とす。


「アル?」


「え、あぁ……ちょっと話がしたくて。こんなところで立ち話もなんだから、少し歩かないか?」


 ラナは小さく頷いた。







 屋外に出て、王城内の庭を歩いていた。

 アルフレッドは何も話さない。ただ静かに二人並んで歩いていた。

 どちらも口数の多いタイプではない。そんな二人しかいないとなると、静かな空間が作り出されるのも必然といったところか。


「そういえば、地下で殿下と話したそうだけど」


 沈黙を破ったのはアルフレッドだ。ただ、口を開いたアルフレッドはすぐさま後悔の色を顔に映す。


「王太子様? ですか? はい、少しお話ししました」


「何か嫌なことを言われた?」


 フォローしておくようにと言われたことを思い出していた。が、当のラナは何を話したのか覚えていないかのように首を傾げていた。


「アルのお話というのは、そのことですか?」


「いや、そうではないんだが……そうだな、何から話せばいいか」


 アルフレッドは立ち止まり、ラナに向き合った。つられるようにラナの足も止まる。

 庭にはラナとアルフレッド以外、誰もいない。人の気配もない。あれだけ騒々しかった数時間前が夢だったかのように、穏やかに時間が流れていた。時折吹く風と、輝く星の光が二人に等しく降り注ぐ。

 ただ、尾を引いているかのように、アルフレッドの周りだけ重苦しい空気が流れていた。ラナが不思議そうに見つめる中、アルフレッドは勢いよく頭を下げた。


「ラナ、すまなかった。ラナを守るどころか、危険に晒す結果となってしまって……森のことも、こちらに来てからのことも、竜のことも……俺は結局何もできず……謝って許されることではないが」


「アル、頭をあげてください。謝ってもらうことなんて何もありませんよ? それに、アルは守ろうとしてくれたじゃないですか」


 どの場面のことを言っているのかわからないアルフレッドは、それがラナの優しさだと思い、さらに表情を歪ませる。頭はまだ上げられずにいた。


「あ、そうだ。タシャルルは? タシャルルはお元気ですか? もしよければ、タシャルルにも挨拶をしたいのですが」


 顔を上げたアルフレッドは、驚いたように目を見開いていた。

 期待を全面に表したラナに、眉を下げる。


「タシャルルに会いに行くか?」


 そう訊ねると、ラナは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 気を遣ってくれているのかもしれないが、タシャルルに会いたいのも本当だろう。むしろ、タシャルルに会えるとわかってからの方が表情が豊かになったことに、アルフレッドは苦笑を禁じ得なかった。


「アルに出会えてよかったです」


「え?」


 タシャルルがいる馬小屋まで移動していると、ラナが独り言のように呟いた。

 あまりうまく聞き取ることができなかったということと、意図がわからず、アルフレッドは聞き返す。


「アルは、ザックの次に出会った信頼できる人です。数少ない信頼できる人間の友人です」


「友人、か……」


 こぼしたアルフレッドの声はラナの耳には届かなかったのか、ラナは満面の笑みで感謝の言葉を告げていた。

 自分に向けて欲しいと思っていた笑顔が、こんなところで見られたことに、アルフレッドはもう何も言えなかった。

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