33 まだまだ帰りません

「テオルーク・アーバスノットについては、おそらく無事なんじゃないかな?」


「え……?」


彼を、宰相がわざわざここに連れ戻すとも思えないし。向こうで何があったかまでは詳しくは知らないけど、とある情報によると、君を連れてくることが目的だから、それが叶った時点で何も手出しはしていないとのことだよ」


「そう、ですか……」


 そう呟くと、ラナはあからさまに安堵の表情を浮かべた。初めて彼女が表情を崩した瞬間だった。

 初対面の人間の言葉を、ここまですんなり信じてしまうのは考えものだと、多少心配になる。

 真っ直ぐなのはいいことだが、少しは疑う心も持ち合わせていないと簡単に騙されてしまいそうだ。

 何より、自分が置かれている状況がわかっていないのだろうか。

 自分よりも、騙していたかもしれない相手を心配して、無事だと聞くや否や安堵のため息を漏らすなんて——正直、ルイには半分も理解ができなかった。


「あの……」


 さほど頭が良くないのかもしれない、などと失礼なことを考えていた矢先、か細い声が鼓膜を揺らす。

 声のする方に目を向けると、安堵の表情などすでに消し去り、無に帰した表情を浮かべた少女の姿があった。


「わたしは殺されるのでしょうか?」


「なぜそう思う?」


 あまりに唐突な問いに、ルイは動揺を悟られないよう声を低めた。


「保護、というのは……おそらくですが嘘、ですよね? 今の状況を考えるとそうなのかな、と。目的も何となくですがわかります。ただ、その命には従えないです。王都に来ることは承諾しましたが、それとこれとは別なので……でも、そうなると従うか、殺されるかのどちらかしかないのかと」


 無表情のまま淡々と語るラナに、「ふーん、多少考えはあるのか」と笑う。


「でも、君には助けてくれるがいるじゃないか。森を人質に取られたところで、彼らが何とかしてくれたんじゃないのか? あの村での一件のように、助けを求めればいい」


 ラナに会えたら訊いてみたかったことを、ルイは遠回しに口にした。何とも卑怯なやり方だと、自分で自分自身を嘲笑う。まして、古傷を抉る可能性があることも考えられたが、訊かずにはいられなかった。


 けれど、またしてもラナは口を開くことはなく、ただ静かに首を振った。今度は横に。

 相変わらず表情に色はなく、何を考えているのか読み取ることはできない。


「身勝手だと思いますか?」


「え……?」


「みんな、助けてくれます。力を貸してくれます。でも、その度に傷つく。みんな強いけど、無傷ではいられません。それは助けようとしなければ、わたしがいなければつかなかったものです。わたしは……それが耐えられないんです」


 ラナは再び表情を崩した。とても微々たるものではあったが、その変化はルイの目にもわかるほど。

 ずっと無表情で何を考えているのか読めずにいた少女が眉を下げ、油断すると泣き出してしまうそうな瞳をしていることに、散々意地の悪いことを容赦なくぶつけていたルイも流石に悪いことをしているような感覚を覚えた。

 今日初めて出会った人間の言葉を全て信じることはできないが、目の前の少女が嘘をついているようにも見えなかった。


「君は、自分の力が憎い?」


 ラナは小さく「……わかりません」と言った。

 自分自身がその能力をどう思っているのかわからないという意味もあるだろうが、それよりも『憎い』という感情を知り得ないと思っているように見える。


「ただ……動物たちとお話しができるのは楽しいです」


 そう口にしたラナの声色は、ルイがここにやってきて1番穏やかに聞こえた。

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