32 テオの過去

 ——お前は出来損ないなのだから、せめてこのくらいは役に立ってくれよ?


 初めて呼び出されたかと思えば、何のことはない。いつもの如く、淡々と嫌みを連ねるだけ。そんな男の顔を、テオは見ようとはしなかった。

 饒舌に語る目の前の男も、テオを見てはいない。視界の片隅にも入れることを許さないように、顔自体を背けている。

 嫌みを言うためにわざわざ顔も見たくない相手を呼び出したのだろうかと、頭に浮かんだ考えは瞬殺された。

 そもそも考えてすらいなかったのかもしれない。思考を働かせるよりも前に、眩い光に包まれ、気付いた時には姿を変えられていた。そして、辺りはもう慣れ親しんだ場所ではなかった。


 姿を変えられたテオが飛ばされたのは、生い茂った林の中だった。

 そこから少し離れたところに村があることは確認できた。それが、姿を変えられたがゆえにものだということを知ったのは、もう少し経ってからだ。


 目前の村がどこなのかも、なぜそこに飛ばされたのかも、すぐに状況把握はできていた。

 嫌みとともに語られた中に、その内容も含まれていたからだ。

 聞き流していたつもりでも、ちゃんと聞いているものだなと自嘲する。


 自分がここに飛ばされた理由はわかっていたが、姿が姿なので、さすがに村に入ることは躊躇われた。

 テオは少し離れたところに身をひそめ、動物たちから目的の人物に関する情報をもらっていた。

 目的の人物——ラナ・セルラノは噂の通り動物と会話ができるらしい。それが真実だということはすぐにわかった。

 そして、家族からも村の人間からも疎まれているということも——


 最初、テオは自分とラナを重ね合わせていた。

 侯爵家の次男として生まれたテオは、優秀すぎる兄といつも比べられた。テオが劣っているというよりは、兄が出来すぎたのだ。比較すると、どうしてもその差が浮き彫りになってしまう。

 宰相を務め、人の何倍も野心が強い父からは幼い頃から嫌われていた。目すら合わせてもらえない。存在しないものとして振る舞われた。


 テオが父からの唯一の任を遂行すべきか悩んでいたのは、親に対する反発だけではなかった。

 ラナを見ていると、自分自身を映し出されているようで、ラナに取り入って懐柔できたとして、自分のそばに置くことには抵抗があった。


 ラナが村から出ることはなく、そうなると村に入ることができないテオは、ラナと接触することはできなかった。

 これ幸いと、テオはそれを理由に傍観に務めた。ずっとそうし続けられたらいいのにと思っていたところもある。

 けれど、現実はそう甘くはなかった。


 村への奇襲があると耳にしたのはそんな時だった。

 村を襲った賊は、宰相が差し向けたものだった。

 いつまで経っても行動を起こさないテオを見兼ねたのか、もしくはあわよくばラナを処分しようとしていたのかまではわからない。


 前もって手を打てたのには二つの理由がある。

 一つは、奇襲前に見知った人間をテオが目撃していたこと。

 もう一つは、テオが動物たちと親しくなっていたこと。不審な人間が村の近くをうろついているという情報は、彼らから得ていた。そして、すぐさまラナに危害が及ばないように力を借りていたのだった。

 動物たちはラナとも仲良くしていたので、二つ返事で頷いてくれた。


 ラナが村を出たあと、様子を伺おうとラナの近くで身をひそめていた。心配と罪悪感からか、ほとんど無意識に行動に現れていた。

 そのせいでラナに見つかってしまう。

 ラナは大きな体をしたテオを怖がる素振りは一切見せなかった。

 そもそも、表情が豊かなタイプではないので、内心どう思っていたのかはテオの知るところではない。

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