30 それでも心配する?

 ろうそくの明かりを頼りに一段一段、慎重に階段を下りていく。他に明かりはなく、歩くたびにろうそくの火がゆらりゆらりと揺れる。

 階下からは吹き抜けるように冷たい風が立ち上ってきていた。まるで、地下に恐ろしい生き物でも待ち構えていると言わんばかりに、おどろおどろしい空気まで一緒に運んでくる。

 一体、地下にはどんなものが待ってるのかと、ルイは好奇心に胸躍らせていた。けれど、そんな考えは不謹慎なように思えてすぐに一蹴する。

 目的地が近づくにつれ、さらに寒さが身体をつき、地下に下りる階段の入り口で門番をしていた兵士に必死に止められたことを思い出すとルイは自嘲気味に笑った。


 城にはいくつかの地下道路があり、それぞれに部屋が付随していた。

 この地下に続く道の先には部屋は一つしかない。部屋と言っていいものかどうかはなんとも言えないが。

 階段を下りきると、鉄格子が立ちはだかった。人の気配はない。ルイは鉄格子のすぐそばまで寄ると、奥の方にろうそくをかざした。

 照らされた部分以外、辺りは暗く、何も見えない。お供を拒否したことを後悔した。なんとも薄気味悪く、何が出てくるかわからない。


 と、蒼い何かが光った。光ったように見えた。

 ルイはそちらの方に明かりを向ける。

 照らされ、徐々に輪郭があらわになっていく。ルイの目には、小柄な少女の姿が映っていた。


「君が噂の少女か?」


「あなたは……?」


「僕はエーメス・ルイ・パルヴィス。一応、この国の王太子ということになっているよ」


「王太子……」


 少女は何かに気づいたように、合わせていた目を伏せた。

 見様見真似のように、たどたどしく座ったまま頭を少し低くする。


「あ、いいよ。そんなかしこまらなくて。こんな場所でそんなことをされても変な感じしかしないし。ここには僕と君しかいないからね」


 ルイはそう言うと、鉄格子の前に直に腰を下ろした。その脇にろうそくを置き、少女を真っ直ぐに見つめる。


「それで、君がラナ・セルラノで間違いないかな?」


 問いかけに、ラナは小さく頷いた。

 ラナをまじまじを観察するルイの方にほんの少し近寄り、そして彼女にしては珍しく強めの声を出した。


「テオは、テオは無事ですか?」


 その言葉に、ルイは少し目を見開いた。

 理解し難いものでも見るかのように「君を騙していた相手を心配するのかい?」と口にする。

 ルイの御前でラナは表情を変えずに、小さく口を動かす。


「騙していた、というのはわたしにはよくわかりません。仮にもし騙していたのだとしても、傷つけていい理由にはならないと思います」


 視線同様、真っ直ぐに向けられた言葉は、その声すら揺るがない。

 ルイは横に置いていた灯りを少しだけ前に出した。


「彼が何者なのか知ってるの? あれはね、宰相の子息なんだよ。宰相には会っているはずだよ。君を迎えに行った張本人だからね。正真正銘、人間の子ども。人間さ。何でも、君の同行を伝えるためにわざわざご丁寧にトラに身を変え、君に接触し、ずっとそばでその任にあたっていたというわけ」


 先ほどまでとは変わり、ルイの声には氷のような冷たさが含まれていた。

 心なしか早口で、捲し立てるように喋る。


「彼が君のそばにいたのは、あくまで任務だったんだよ。望んだことではない」


 ラナの瞳が揺れた。揺れたように見えた。

 実際は、唯一の灯りが揺れ、それがラナの瞳に映り込んでいただけにすぎない。

 ルイはラナの顔を見つめていた。その表情の変化を見逃すまいと、全ての神経をそこに集中させるかのように、その一点にだけ注力していた。

 が、ラナの表情は微塵も動かなかった。いくら待っても、変化は訪れない。


「それでも、君は彼を心配する?」


 ラナは何も言わなかった。

 その代わり、頭が少しだけ動いた。頷いたのだと気付いたのは、ほんの少し時間が経ってからだった。

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