29 暗闇の中で

 静寂が流れる。

 明かりという明かりはなく、どこか遠くの方で光る灯りがほんの少し漏れ入る程度。

 薄暗いせいか、熱すらもなくなったかのように、凍えるほどではないがひんやりと冷たい。空気だけでなく、触れている地も壁も石を触っているかのように温度を感じなかった。


 ここに来るまで目隠しをされていたラナは、ここがどこなのかも、自分が置かれている状況すらもわからずにいた。王都に着いたのかどうかもわからない。

 ラナは小さくため息をこぼした。


 暗く、何も見えなくとも、記憶の中の映像を手繰り寄せることは容易だった。

 思い起こされるのは森のこと。みんなのこと。

 それはラナにとって楽しく、幸せな記憶だ。実際に、浮かび上がる映像にはたくさんの動物たちや妖精が現れる。が、幸せな思い出しかないはずの記憶が一瞬で赤やオレンジ色に染まる。

 燃え盛る炎の中を騒ぐ動物たちの悲鳴が耳から離れない。


 小さい身体をさらに小さくすると、ラナはうずくまった。膝を抱えるように腕を回し、自分自身を温めるように力を込める。

 それでも何だか落ち着かないのは、いつもそばにあった温もりがないからかもしれない。



『あれ? 人がいる?』

『人がいる』



 不意に聞こえた声に、辺りを見回す。が、暗闇のせいかその姿は見当たらない。



『あの髪』

『あの瞳』

『もしかして?』

『もしかする?』



 ざわつきの中、小さな足音が微かに聞こえた。一つではない。複数の足音。

 わずかな明かりに、声の方へと視線を凝らす。


『もしかして、君がラナ?』


 ラナの目に、小さなネズミの姿が映った。赤い瞳が光る。

 暗くてはっきりとはしないが、真っ白いネズミが一匹、ラナの前に顔を出した。他にも声がしていたので、おそらく仲間がいるのだろう。


「わたしのことを知っているのですか?」


 ラナは小さな声で語りかけた。

 気配はしないが、どこで誰が聞いているかわからない。そんなことをラナが考えていたかどうかは定かではないが。単に、ネズミたちの声に合わせて音量を下げているとも言えた。



『えぇ、お噂はかねがね』

『お話できる』

『本物だ!』

『どうしてここに?』



 口々に喋る声たちに、ラナは追いつくことができない。

 ネズミたちもラナからの返答がないことを気にしていないのか、さらに各々が好き勝手に口を開いていた。

 間に入ることもなく、ラナはしばらく彼らの声に耳を傾ける。


 しばらくして静かになったところで、やっと喋ることができた。


「えーと、ここはどこですか?」


『ここは城の中。城の地下』

『人間がよく閉じ込められてる』

『悪いことした人、閉じ込められてる』

『ラナ、悪いことしたの?』


「悪いことは……多分、していないと思います」


 ラナの言葉に、ネズミたちがざわつく。

 またしても、ラナが入り込めないほどに話し始めたので、少しの間その声だけが響いていた。



『逃げる?』


 最初に声をかけてきたネズミが、ラナの前に一歩出る。

 続くように『逃がしてあげようか?』と提案され、ラナは首を振った。



「ありがとうございます。でも、大丈夫です。それより、あなたたちはここから離れた方がいいです。わたしと話していたらあなたたちまで……」


 今さらのようにも思われる発言をした直後、コツコツと響くような足音が聞こえた。

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