06 妖精のめざまし
「朝だよ」
「ラナ、テオ起きて。朝だよ」
声がする。射しこまれる木漏れ日とともに、上から声が降ってくる。
目を開けようと身じろぎすると、それに合わせるかのように、身体に触れていた温もりも動く。
「……ん……」
いつものようにテオに寄り添うかたちで眠っていたラナが、テオが顔を上げた振動で眠りの世界から離れる。それでもまだ完全に抜け出せてはいないのか、目はまどろんだまま、完全に開いてはいなかった。
『ラナ、起きろ』
「もう、ちょっと……テオの毛並みは、さい…こ、う……」
寝言のように呟くと、そのままもふもふの世界へ、顔をダイブさせる。
ラナはうずくまり、小さい身体をさらに小さくした。テオから暖を取るように、さらに密着する。その姿に笑みをこぼしながらも、テオは口先でラナの身体を起こし、目を覚ますよう促す。
『今日は、ザックのところに行く日だろ』
「もふ、もふ……」
「起きない」
「ラナ起きない」
「ラナ、夢の中」
「ラナ、もふもふの夢の中」
起こしに来てくれた妖精たちが楽しそうに笑う。まるで歌を歌っているような笑い声が心地よく耳に届く。ラナの起床がさらに遠のきそうだ。
「ラナ起きて」
長い髪をポニーテールにし、結び目に花をつけている妖精が言う。
「お出かけ。ザックのところにお出かけ」
腰まである髪を流し、三つ編みにした横髪に花を散りばめた妖精が楽しそうに語りかける。
ポニーテールの妖精はリネット。三つ編みを遊ばせる妖精はエリーという。
リネットは水色のワンピースを着ている。ベルトと一緒に巻かれたレースがマントのようにふわりとなびく。レースはお日様の光のように白い。
エリーは腰の部分に大きなリボンのついた白いワンピースを着ていた。スカートの裾にはフリルがひらひらと舞う。
リネットとエリーは森の妖精だ。ラナたちがこの森に初めてやってきた時からずっと好意的に接してくれている。ラナの食事として、森の果物も分けてくれていた。これは大変ありがたいことだった。
他にも妖精はいるのだが、朝、起こしに来てくれるのは大抵リネットとエリーだった。
『ラナ。ラナさん。起きてください』
テオにしがみつくラナをつつき、再度起床を促す。おでこをくっつけ、顔をあげようとするが、こういう時だけラナの力は強くなる。
「テオ、お世話する」
「テオ、お母さんみたい」
『こんな寝起きの悪い子、育てた覚えはないぞ』
リネットとエリーが笑う。
テオの言葉を冗談と受け取ったのだろう。キャッキャと楽しそうにはしゃぐ妖精たちに、楽しいのはいいがその前にラナを起こすのを手伝ってくれ、と思うテオだった。
「驚いた……」
突然聞こえた別の声に、妖精たちの肩が跳ねる。そのまま一目散にテオの方へと突撃し、影に隠れてしまった。
テオは眠そうに目を擦るラナから目を逸らし、声のした方へと視線を向ける。先では騎士が驚いたように目を見開いて立っていた。
(まだいたのか……)
悪態をついてみるものの、大人しく帰るとも思ってはいなかった。
帰ってほしいとは思っていたが。それはもう強く願っているが。
「誰」
「誰」
声を上げたリネットとエリーは、テオに隠れたまま。
「急に声をかけてしまって申し訳ない。私はアルフレッド・デラクールと申します。騎士をしています。妖精にお会いするのは初めてで……」
騎士は片膝をつき、頭を垂れた。初めて見た妖精に、興奮のまま声をかけてしまったことを謝罪する。
リネットとエリーは顔を見合わせた。
「怖くない?」
「怖くない?」
騎士の様子を伺いながらも、騎士からは危険な雰囲気を感じないことに安心したのか、それでも慎重におずおずと顔を出した。
「アルフレッドっていうの?」
「騎士様なの?」
「お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お話!」
「騎士様とお話しする!」
妖精たちは目を輝かせた。その勢いのまま、騎士の前に姿を表す。
頭を下げたままの騎士も、妖精の声に静かに顔を上げる。
妖精たちは騎士を伺うように飛び回りながら、声をかける。騎士もまた、妖精たちが紡ぐ言葉に耳を傾けていた。
双方、楽しそうに会話を弾ませる。
その声にやっとのことで目を覚したのか、ラナがテオから身体を起こす。
「……ん…? 誰かいるの?」
『妖精たちだよ。今、騎士と話してる』
「妖精さん……? き、し……騎士様……?」
モゴモゴと喋る口調が怪しい。
お察しの通り、ラナの寝起きはよくない。普段からぼんやりとしていると言われれば、それも否定はできないが。寝起きは普段よりもさらに増してのほほん、ぼんやりとしていた。
「わたしも、妖精さんと騎士様に挨拶する……」
『うん。今、話し中だから、またあとでな』
「話し中……じゃあ、もうちょっと寝る……」
『いやいやいやいや、起きててください』
再びダイブを決め込もうとするラナを、テオが制す。
そこからまたしばらく、ラナを起こすためのテオの奮闘が続いた。
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