05 迷子ですか?

『ラナ』


 食料調達を兼ねて散歩をしている途中。

 テオは、いつものように隣で小さな足を必死に動かし、トコトコ歩くラナの方を見た。

 必然的に歩幅の差が生じるのは仕方ないが、もともとラナはのんびりした性格なので、歩くスピードもかなりゆっくりだ。ラナの歩幅に合わせて歩いていると、テオは進んでいないのではないかと錯覚を起こすことすらあった。なので、急いでいるときは、ラナを背中に乗せる。小柄なラナを乗せて走るくらい、テオにはわけなかった。



 ラナからの返答がないので、もう一度声をかける。



『ラナ? ラナさん?』


「ん? どうしたんですか、テオ」



 二度目にしてやっと反応が返ってくる。反応が鈍いのもいつものこと。テオはラナと生活を共にするようになって、忍耐力が身についたような気がしていた。

 説明せずとも、普段と違う状況に気づいてくれることを願ったが——叶わないことも知っている。ラナは気にしている様子はなく、気づいているかどうかも怪しいところだった。

 気を取り直して、テオはラナと目を合わせてから、目線だけを後ろに移動させた。



『どうして、あいつはついてきてるんだ?』



 ラナもテオを真似るように目だけを背後に移す。——のつもりだろうが、顔が半分後ろを向いてしまっていた。

 ラナたちの後ろには、一定の距離をあけて歩くアルフレッドとタシャルルの姿があった。アルフレッドはタシャルルには乗らず、手綱を引きながら、自分の足で歩いていた。

 よく速度を合わせて歩けるものだと、テオは感心する。——いや、感心している場合ではない。

 ラナも首を傾げていた。


 騎士の用件については、ラナがきっぱり断ったはずだった。テオが口出しするまでもなく、心配さえも不要だった。

 ラナがどういった考えで、どんな思いで、騎士からの申し出を断ったのかはテオの知るところではない。ラナのことだ。深く考えずに言葉が口から出ている可能性だってある。その方が確率としては高いだろう。

 それでも、ラナが明言してくれたことに、テオは驚くほど胸を撫で下ろしていた。無自覚でもを選んでくれたことに、顔の緩みを感じる。もしかすると——という一抹の不安を抱いていたことは、ラナには秘密だ。


 テオは背後に意識を集中させたまま、考えを巡らせる。

 騎士は、取ってつけたような理由をラナに話していた。口に出していたこともあながち嘘ではないだろうが、もっと別の思惑があるに違いない。

 一度行くことを決め、王都に行ってしまえば、二度とラナに自由はないだろう。

 ラナはそのことに気づいていない。実際にそうならないとラナは気づかないだろう。いや、気付くのはしばらく時間が経過してからだろうが。

 王都に行くという選択肢は、ラナにはない。その選択肢は選ばせたくない。


 ラナが断ったことで、問題はなくなったと思っていた。そもそも、知らない人間と遭遇すること自体ほとんどないことで、テオはその非日常から早く脱却したいと思っていた。

 だが、実際は何も解決はしていなかった。

 騎士はラナたちの後をついてきていた。隠れるわけでもなく、堂々と。

 もっとも隠れたところで、匂いを消すでもしない限り、テオの鼻を誤魔化すことはできないわけだが。

 目的もはっきりせず、背後をつけられるというのはなんとも落ち着かない。



(諦めていないということだろうか……)



 騎士が一人でここにやってきていることも、テオには不思議でならなかった。

 強制力があるなら、大勢でやってきて、無理やり王都へ連行することも可能だろう。けれど、騎士は一人でやってきた。無理強いする気配もない。何かを恐れているのか。単に、長期戦に持ち込めばどうにかできると思っているのか。


 不意にラナの歩みが止まる。テオからすると、もともと進んでいないようなものだが、ラナ歩みが止まった。

 ラナはおもむろに振り返ると、騎士を見上げた。ラナが小さいということもあるが、背が高い部類に入るだろう騎士を見上げるとなると、かなり首に悪い。おまけに、騎士は背に太陽を背負っているため、その眩しさにラナは目を細めた。



「出口をお探しですか?」


「え?」


「道に迷われているのかと……」



 ラナのぼんやりとした空気が伝染したのか、騎士は呆けていた。見開かれた目に、まつ毛の影が映る。

 この状況で騎士が迷子だとは誰も思うまい。いや、百歩譲って迷子になってもらってもいいが——何せ、森の中は木々がびっしりと覆っているため、外を見通すことはできない。どこにでも道らしい道があるわけでもないので、来た道を戻ろうにも、相当な記憶力と土地勘を要する。

 とはいえ、迷子なら迷子になったで出口を訊ねてくるだろう。騎士が変なプライドの持ち主ではなければの話だが。ラナについてきたところで、森の外に出られる可能性は低い。ひたすら歩かされた挙句、疲労感だけを得る場合もある。

 そんな無駄なことはしないだろう。見るからにお堅そうで、少しの無駄も許さないようなタイプに見えた。



『ラナ、王都行かない』

『タシャルル帰る』

『騎士様連れて帰る』

『ラナ、ここいる』

『ラナ、王都行かない』



 タシャルルが騎士をラナのそばまで連れてきて以来、隠れていた動物たちが口々に言葉を放つ。やはり姿は見せないまま。草むらや、木の葉に隠れてこちらの様子を伺っていることはわかっていた。タシャルルがどこまで把握しているのかは、テオの知るところではない。



『連れて帰るまで、ついてくるつもりか?』



 ラナが騎士を困らせている隙に、テオはタシャルルとの会話を試みる。

 主に忠実そうな漆黒の馬は、影でこそこそと投げつけられる言葉を気にしている様子はなかった。


『えぇ、そうなるでしょうね』


『見つからなかった、とでも報告すればいいだろう。早々見つかるものでもないはずだ。お前たちは運がよかっただけ』


『ですが、見つけてしまいましたからね……嘘をつくことは主にはできません』


(そうだろうな)


 テオは内心、悪態をつく。



『それに、口に出してはおっしゃられませんが、主はラナさんをお守りするために同行しているのだと思います。その理由が大きいかと』


『それこそ必要ない』


『なぜです?』


『ラナを守るのは俺の役目だからだ。そいつは必要ない』


 タシャルルはなぜか笑っていた。『不毛だ』と、微かに声が聞こえたような気がした。

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