03 蒼い瞳を持つ少女
まるで夢を見ているような気分だ。
ホワイトタイガーと対峙する一人の少女を眺めながら、アルフレッドは思った。
少女——ラナ・セルラノに関する情報は、ほとんどなかった。
黄金色の髪に、海を思わせる碧眼を持つということ以外、その他の身体的特徴、年齢などの情報もなく、まして目撃情報があるはずもなかった。村の一件以来、村を出たという情報を最後に、少女は消息を絶っていた。
逃げるように、追い出されるように村を離れたと聞いていた。
アルフレッドは、少女は人との関わりを絶っているだろうと考えていた。そんな少女が人目に触れる場所にいるはずもなく、たとえ金髪碧眼の少女を見たところで、ラナ・セルラノとは思わないだろう。
そんな少女を探すのは困難だと思われた。
しかし、なぜか国王陛下は少女の情報を持っていた。陛下がおっしゃられるには、少女は現在とある森に潜伏しているらしい。
どこからそんな情報を? と訊ねると、出どころは明かせないと話を切られていた。
信憑性があるのかどうかもわからない情報に、アルフレッドは半信半疑のまま、少女がいると言われている森へと向かった。
国王陛下直々の命なので、軍総出——とまでは言わないが、アルフレッドが所属している二番隊を派遣しないのはなぜだろう。二番隊総出で探しても足りないのではないかと、アルフレッドは思っていた。
人と関わり合いを持たない少女のもとに、いきなり大勢が現れても怯えさせるだけだとルイは言っていたが——その時はアルフレッドも納得したのだが、今思うと、ルイにうまく丸め込まれたような気がしてならなかった。
アルフレッド一人に任せたということに、別の思惑を感じないでもない。おそらく陛下は自分を試しているのだろう、とアルフレッドは思っていた。日和見的に王国に属している自分を——
少女がいるという森にたどり着くと、アルフレッドはおもむろにため息をついた。
森は想像以上に広く、高く生い茂った木々に阻まれ、どこまで続くのか一目に見通すことができなかった。
森につけば、あとは少女を説得するだけだと安易に考えていた自分を
そんなアルフレッドの気持ちを知ってかしらずか、タシャルルが主の意図とは無関係に歩き出した。止まるよう指示しても、タシャルルは言うことをきかない。そんなことはタシャルルが愛馬になって以降初めてのことで、アルフレッドはかなり動揺していた。
視界に湖が広がったところで、タシャルルは止まった。
湖に近づくにつれ、アルフレッドにもざわめきが聞こえていた。
湖を一望すると、アルフレッドが立っている場所の反対側に人影が見えた。少女が一人と、ホワイトタイガーが一匹。その周りを数種類の動物たちが囲んでいる。小動物なのか、アルフレッドの視力ではその種類まではわからない。
金色の髪が木漏れ日を浴びて輝く。
アルフレッドは確信めいた気持ちを心に落としていた。
近くに寄ってみると、少女はかなり小さく見えた。幼いという印象もあるが、年齢云々を抜きにしても、少女は大変小柄だった。タシャルルに向かって駆けていく姿に、簡単に踏み潰されそうな気がしてヒヤヒヤする。
顎のラインにかかるかどうかのショートヘアで、癖毛なのかくるんと内側に巻かれているところもあれば、外に跳ねている部分もあった。
タシャルルに触れてもいいかと、アルフレッドの方を向いた瞳はまるで青空のようで、雲ひとつない空に太陽が昇っているところに星がいくつも散りばめられているかのようにキラキラと輝いている。
吸い込まれそうになる感覚を振り切り、アルフレッドは承諾の意味で頷いた。
情報は正しいものもあったのだな、と心の中で呟く。
アルフレッドがラナを見つめている間ずっと、視線を感じていた。視線は、ホワイトタイガーのものだった。
ラナがホワイトタイガーに引きずられ、「そうでした」と頷いたかと思うと、その後しばらく二人は対峙していた。対峙というか、ホワイトタイガーの身体に顔を埋めようとするラナを、ホワイトタイガーが必死に起こそうとしている——とでもいうべきか。
眠いのか、ラナは瞼が微睡んでいるようにも見えた。
ラナとホワイトタイガーは、まるで
アルフレッドにはラナの話している言葉しかわからず、ホワイトタイガーは単に唸り声を上げているというか、鳴き声のようにしか聞こえないのだが、本当に会話をしているように見えた。
今までに見たことのない不思議な光景に、アルフレッドはあいた口が塞がらない。
本当に、本当なのか?——
心の中で自問する。
目の前の少女は、ラナ・セルラノで間違いないだろう。本人も認めている。
だが、噂はどうだろうか。
タシャルルの名前を口にした時から、おそらく本当なのだろうとは思っていた。その名は、アルフレッドが伝えたわけでも、タシャルルにネームタグをつけているわけでもない。アルフレッドから訊く以外には、タシャルル本人から訊くしか方法はなかった。
それでもやはり、にわかには信じられなかった。
信じられなくとも、目の前で起きていることが現実だ、とアルフレッドは自分に言い聞かせる。
「あの、王都にお連れするとはどういうことですか?」
問答が終わったのか、ラナは立ち上がることなくアルフレッドを見上げた。
蒼い瞳がアルフレッドを射抜く。その瞳に見つめられるだけで、全てを見透かされているような感覚を覚えた。
アルフレッドは一つ、咳払いをする。
マントをひと払いし、片膝をつくと、ラナの目線に合わせるようにしゃがみ込む。
「ラナ・セルラノ。あなたは動物の言葉がわかる。意思疎通がはかれる。そうですね?」
ラナが静かに頷く。
「国は、あなたがその力を拡大させることを恐れています。動物の言葉がわかる者などそうはいない。従えるとなると、それはもはや脅威にもなりうるのです。国はそれを恐れている」
「従える、というのは語弊があります。言葉がわかることと、従えるということはつながりません」
「確かに、そこは必ず結びつくわけではありません。が、可能性があるというだけでも脅威になるのですよ。あなたは、それを成し得ることができるのです。脅威はどんなに小さいものでも、排除すべきだ」
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