第22話 理想的な攻めの人と宣伝部長?~美桜~
受付で手伝いをしていた私の視界の端に、璃桜君に名刺を渡す専務と専務にメモを渡す璃桜君が見えて、なんとなく「仲良くなったのかな?」と深く考えずにそう思った。
個人的に仲良くなったとは思わないけれど、璃桜君の後ろにある『藤花流』と言う看板は仕事上だけでもいいからと思わせる程には魅力的なモノだから。でも、できればそんな打算的な考えで璃桜君に近付いて欲しくないと思うのが私の本音。
璃桜君は私のプライベートでの友達だから、あまりビジネスを持ち込みたくない。けど、緊急事態だからと璃桜君を仕事に巻き込んじゃったのは私だからなぁ~
けど、あの状況で璃桜君以外の人なんて、思い浮かばなかった。
専務と璃桜君を視界の端でちらちら捉えながらも、私は招待客が差し出す招待状を一枚一枚確認する作業をしていた。
「あれ?君は…」
招待状を差し出したお客様の一人に怪訝そうに声をかけられ、顔を上げると、そこには見覚えのある顔が。
整髪料で整えられた長めの髪。均整の取れた体はスーツを着ていてもワイルド系な雰囲気を醸し出している。
あれ?この人、どっかで会ったような…
「以前、ウチのホテルでウェディングプランを体験されてたお客様ですよね?」
あっ!そうだ、この人椿さんにエステに連れて行かれたホテルで、コケそうになったところを助けてくれた理想的な攻めの人だっ!
「あ、いらっしゃい。アッキー君」
私と一緒に受け付けをしていた葵さんが彼を『アッキー君』と呼ぶ。
「お知り合い、ですか?」
「前話したお姉ちゃんの熱心な信奉者」
あの、エステの優待券をくれた人かぁ~
「
かなり気さくな感じから、付き合いが長い事は容易に想像ができた。
「改めて初めまして、連城です」
「ご丁寧にありがとうございます。谷岡美桜です」
「もう、美桜ちゃん。水島でしょう」
旧姓を名乗る私に葵さんがすかさず訂正してくる。
「ごめんなさい、ついうっかり…」
別にうっかりでもなんでもないんだけど、そう言う事にしておいた方がいい。
「水島さん、でいいのかな?」
「そ、お兄ちゃんの奥さんで私のもう一人のお義姉ちゃん」
私の肩に手を置いて、にこやかに連城さんに私を紹介する。
『おねえちゃん』と言う言葉の響きに私の顔は若干強張る。けれどそれをお客様に見せてはいけない。私はすぐに無理矢理口角を引き上げてみせる。
「ところで、椿さんはどこに?」
「お姉ちゃんなら、多分裏じゃない」
スタッフさんに色々と指示してたみたいだし、挨拶の最終確認もしてたし。
「でも、そろそろ時間だから出て来ると思う…」
葵さんがそう言っていると、椿さんがバックヤードから颯爽と姿を現した。
お客様に声をかけながら、間を縫うように歩く椿さんは璃桜君が生けた花の前に立つ。
「皆様、本日はお越し頂きまして、誠にありがとうございます」
大声ではないが、張りのある椿さんの声が店内を満たす。
「皆様の日頃のご支援により、『CAMELLIA』は本日無事プレオープンを迎えられた事を心より感謝申し上げます」
数十人のお客様の前でも、椿さんは堂々と挨拶をする。集まったお客様一人一人の顔、目を見るように、ゆっくりと左右に顔を動かしては語り掛けるかのように朗々と話しをしている。
もし、彼女が政界に進出したら支持率がすごそう。
なんて事を考えていたら椿さんの挨拶は最後の締めに入っていた。
「最後になりましたが、本日店内の装花をして下さった方をご紹介致します。藤花流生け花の師範でいらっしゃる藤ノ院璃桜さんです」
椿さんの言葉に合わせて、璃桜君がゆったりとした足取りで前に進み出ると、椿さんの隣に立つ。
『藤花流』と聞いて、先程まで静かだった店内が少しだけざわめく。
「皆様、どうぞお買い物もお花も存分にご堪能下さい」
椿さんが頭を下げると、店内は拍手で満たされる。
※ ※
椿さんの挨拶が終わった後、お客様は店内を歩いて商品を見たり、璃桜君が生けた花を眺めたりと思い思いに楽しんでいる様子だった。
中には璃桜君に話しかけているお客様もいたけれど、璃桜君は嫌な顔一つせず、笑顔で対応している。
さすが璃桜君、こう言った華やかな場所に出る事もあるから、慣れてるみたい。
いざと言う時は私が助けなきゃと思っていたけど、心配ご無用だったね。むしろ、私がこう言う場所に慣れてないからどうしたらいいかわからない。
こう言う場所はいつも専務の後ろに影みたいに付いて回って挨拶するだけにしてるから…。お客様にチラチラと見られている事だけはわかって、なんとも言えない居心地の悪さを感じてしまい私は受付でじっと立っている事しかできない。
華やかな場所に自分もいる筈なのに、その空気に馴染む事ができないとまるでフィルターを通して別の世界を眺めているかのような錯覚を起こしてしまいそうになる。
このお店のスタッフさんはお客様に商品の説明をしたり、在庫やサイズの確認をしたりと忙しく動いているけれど、部外者ではないけれどスタッフでもない私は商品の説明はできないし、在庫やサイズの確認もできない。
もう招待したお客様はほとんど来られたみたいだし、裏に戻ってようかな…
「あの…」
遅れて来た招待客が来たのかと思って顔を上げたけど、正面には誰もいない。
「こっちです」
「こっち」と言われた方に顔を向けると、私の右側に招待された女性が立っていた。
「どうされましたか?」
「そのワンピース…それも『CAMELLIA』のワンピースですよねっ!」
私の両手をがっちり握ってくる女性の迫力に押されながらも、私は「そうです」とだけ答える事ができた。
「やっぱり、そうですよね。最初に見た時から素敵だなって思ってて…」
「そうなんですよね。こちらのワンピース、柔らかくて着心地もとてもいいんですよ」
今の私にできる事は少しでも椿さんの洋服のよさを宣伝する事。幸い招待されてる人達は椿さんのブランドのファンばかりだし、いい商品だとわかって貰えれば購入希望者は絶対いる筈。
「それに女性らしい色ですけど、シンプルなデザインで甘過ぎないところもいいと思います」
「わかりますっ!」
私に同意してくれた女性は、更に強く手を握ってくる。
「そのワンピース、どこにありますか?あ、できればその靴も一緒に欲しいです!」
さすがに陳列場所までは把握してない。私が視線で助けを求めると、近くにいたスタッフさんがすかさず、
「お客様、こちらのワンピースはあちらの方にございます」
と、私に詰め寄っていた女性をお目当てのワンピースがある場所に誘導してくれた。
ありがとうございます。ナイスです!
「やったな、宣伝部長」
からかいを含んだ台詞を私にかけた専務は私の頭をぽんと軽く叩く。
「宣伝部長なんて…そんな大袈裟な事してません」
あのお客様はもとから椿さんのブランドが好きで、このワンピースも新作だから興味があっただけ。そこへ私がこのワンピースのセールスポイントをアピールしたから。あのお客様は私がそんな事しなくても、いずれは購入したと思う。その購入がたまたま今日になっただけじゃないかな。
「ま、いいじゃねぇか。素直に褒められてろよ」
「…あまり褒められてる気がしません」
首が痛くなる程ぐりぐり頭を撫でられていると、褒められていると言うより、そんな拷問を受けている気分になる。
「じゃあ、ご褒美に
「お肉がいいです。がっつりとしたヤツ」
私が即答すると、専務は笑いながら更に頭をぐりぐりと撫でる。
「お前、本当に色気より食い気だな」
「私に色気なんて求めても無駄なだけです。ならば食生活の向上を図るのが得策かと」
一人暮らし中のおかずはもやし。主食は栄養補助食品からしたらかなり向上したけどね。もっといいものが食べられる機会があるなら、逃すなど考えられない。
専務のご褒美を楽しみに私は残りの仕事を頑張る事にした。
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