第14話 緊急事態?と初対面~美桜~


 専務が旭さんと共に部屋を出ていってから数分後、定時になった。


 先に帰っていてよいと言われたので、私は遠慮なく帰る事にする。


 帰ったら何をしよう?金曜日の定時上がりは本当に久々。専務は遅くなるみたいだし、コンビニでお弁当とデザートにケーキかアイスでも買っちゃおうかなあ~


 その前に本屋とゲームショップに寄って、新刊と新作のチェックしてこようかな?


 浮かれ気分でいそいそと退社する私に横の車道側から「美桜ちゃん」と声がかけられた。


 立ち止まって、辺りを見渡すと「こっち、こっち」とまた声がする。


 こっちと言われた方を向くと、すぐ近くに国産の高級車が停車していて、運転席では椿さんが笑顔で手を振っていた。


 「椿さん、こんばんは」


 私はその車に近寄って挨拶すると、椿さんの表情がとても真剣なものになる。


 「美桜ちゃん、実はお願いしたお花の事で話しがあるのよ」


 何かマズい事が出てきたとか?ならば、早急に対処しないと。


 さっきまでの浮かれ気分を空の彼方に投げ捨てて、私は椿さんに聞き返す。


 「何か、トラブルでしょうか?」


 「ここだとちょっと…乗って」


 椿さんの言う通り、路上でする話しじゃない。私は「失礼します」と断ってから助手席に乗り込む。さらば、私のお楽しみ達…


 「ちょっと付き合ってね」


 「あ、はい…」


 ゆっくり話しができる場所に移動するのかな?


 何処に行くだとか、そんな説明は一切なく、椿さんは車を会社の前の大きな通りを走らせていたけれど、少し先のインターチェンジで高速道路に乗った。


 「あの、何処に行くんですか?」


 ここに至って、初めて行き先を尋ねる。


 「それは、着いてからのお楽しみ。それよりスマホの電源を切ってくれる?邪魔されたくないのよね」


 大事な話しの最中に電話等に邪魔されたくないって事なのかな?すごく真剣な顔してたし…それは確かに邪魔されたくない。


 私は椿さんの言う通り、スマホの電源を切る。


 すぐに高速道路を下りるものと思っていた私の考えに反して、椿さんが運転する車はどんどん高速道路を走り続ける。


 私は椿さんが目指す目的地が何処なのか、見当もつかない。


 「美桜ちゃん、帰り遅くなっても大丈夫?」


 「大丈夫です」


 椿さんに声をかけられた時点で今夜の私のお楽しみはすでに諦めている。トラブルならば早めに対処して、被害を最小限に抑えるのが先決だ。


 「じゃあ、飛ばすわよ」


 椿さんがそう言うと、体にかかる負荷がぐんと増したような気がした。


 「…っ!?」


 喉元まで迫り上がってきた悲鳴をなんとか奥まで戻す事はできたけれど、代わりにシートベルトを両手で力一杯握り締める。


 椿さんの車に乗せられてから、ひた走る事二、三時間。ようやく車から降ろされた場所は山の奥深くに建つ一軒のコテージの前。


 「あの、椿さん。ここは?」


 一体、どこでしょう?社長の娘さんだし、専務の妹さんだしで疑いもせずにほいほいついて来ちゃったけど、もしかして私ピンチ!?専務お兄ちゃんのお嫁さんには相応しくないから殺されて、埋められるとかっ!?


 ぎゃー!迂闊うかつな私の馬鹿馬鹿っ!せめて、せめて…


 「私のお宝と一緒に埋めて下さい…」


 クローゼットにしまってある段ボールの中身はあの世に持って行きたい逸品ばかりなのよっ!


 「美桜ちゃん、何言ってるの?」


 小声で独り言を言う私を不思議そうな目で見る。が、すぐに気を取り直したように私の背中を押す。


 「とりあえず、こっちこっち」


 椿さんにグイグイ押されてとコテージの玄関前に立たされた。


 「ドア開けて」


 「あ、はい」


 言われるままに玄関のドアを開ける。すると、


 「いらっしゃーい!」


 中にいた二人の女性に歓迎の声をかけられて、ぽかんとしてしまう。一人は年配の女性。もう一人は私とあまり年がかわらない若い女性。


 「椿さん、こちらの方達は一体…」


 「詳しい話しは中に入ってからしましょ」


 椿さんに背中を押されて、中の二人からは両腕を引かれ、私はコテージの中に足を踏み入れる事しかできなかった。


     ※           ※


 「社長の奥様と、二番目のお嬢様でしたか…」


 コテージの中に連れ込まれた私は美味しい夕食を食しつつ、二人の女性の自己紹介を受けた。年配の女性が社長の奥様、桐子さん。もう一人が社長の二番目のお嬢様で専務と椿さんの妹、葵さん。


 「急にごめんなさいね。こんな所まで来て貰って…」


 「いえ、大丈夫です」


 こんな所まで連れて来られて、びっくりはしたけど怒ってはいない。あのトラブルがあるみたいな感じも椿さんが私を車に乗せる為の口実だと謝ってくれたので、腹も立ってはいない。むしろ、何もトラブルがなくてよかったと安堵したくらいだし。


 「お兄ちゃんに『奥さん会いたい』ってお願いしたんだけど、のらりくらりはぐらかされちゃったの。だから、お姉ちゃんに手伝って貰って強硬手段に出ました!」


 葵さんが自慢するかのように腰に手を当てて、えへんと胸を反らす。


 「ちなみに、お父さんと旭さんにも手伝って貰ったわ。主にお兄ちゃんの足止めを」


 そう言ったのは椿さん。


 え、まさか終業間際の呼び出しって専務を足止めする為?でなければ椿さんが会社の近くにいる理由がない。


 「夜はこれからよっ!ご飯食べてお風呂に入ったら、オールナイトで女子会よー!」


 葵さんの高らかな宣言で今夜はここで、お泊まりが決定してしまったわ…


 こうなったら、気が済むまで付き合った方が早めに終わるかもしれない。


 私は水島親子にとことん付き合おうと腹を括った。

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