第12話 専務の妹とラーメントッピング全部のせ~美桜~
「初めまして。あなたが美桜ちゃん?私、水島椿。よろしくね」
そう言って笑った専務の妹、椿さんはとても美人な人だ。(一応義妹になるけど、彼女の方が年上なので椿さんと呼ぶ事にする)
惜しいな。妹じゃなければ、専務とよくお似合いなのに。
最初は部外者を連れ込んでいると思って専務に呆れたけれど(機密事項も多々あるから)、社長の娘さんなら完全に部外者とは言えない。
話しを聞くと水島商事が椿さんのブランドに出資していて、部外者どころか関係者だとわかった。しかも椿さんのブランドは私が憧れてやまない『
雑食系オタの私でも、一着くらいは欲しいと思っているブランド。そのブランドのオーナー兼デザイナーが椿さんだなんて…
その憧れのブランドの本店のプレオープンイベントに行けるなんて、なんて幸運…
専務と結婚してよかったって思えたのは初めてよ。
「私はフラワーアレンジメントの手配をして参りますので、失礼します」
プレオープン当日にお店の入り口正面に飾るお花の手配を任せて貰えるなんて、やり甲斐があるわ。
椿さんの希望を可能な限り…いえ、最大限叶える為に頑張るぞ-っ!
秘書室に戻った私は室長の佐原さんにこの事を相談する。
開店祝いに花輪や花束を贈る手配はした事があるけれど、開店祝いにフラワーデザイナーを手配するのは、さすがに初めての試み。
言い出したのは私だから、絶対に成功させたい!
「花輪や花束ではなく、フラワーデザイナー自体の発注ですか…」
「無理、でしょうか?」
難しい顔で考え込む佐原さんに、私はやはり駄目なのかと半分諦めの気持ちで佐原さんを見ていた。
「前例がない事ではありますが、やってみましょう」
佐原さんのOK、出たっ!
よっしゃっ!と心の中でガッツポーズをしてみせる。
「フラワーデザイナーはどこにお願いするつもりですか?」
「以前、仕事をお願いした事のある生花店や園芸店がいくつかありますので、そちらを当たってみようかと…」
それが無難、と言うかそれくらいしかアテがないと言うか…
「では、この件は谷岡さんに任せます。しばらくはそちらを優先させて構いません」
「はい」
勿論、私に異論はない。
椿さんのブランドのプレオープンイベントなんだもの。ここで外されたら佐原さんを一生恨んでしまうかもしれなかったところよ。
フラワーデザイナーの手配、しっかりやらなきゃね。
初めての試みに不安はあるけれど、久しぶりにワクワクする仕事を任されて、私のやる気は大いに満ち満ちていた。
※ ※
それから私はいくつもの生花店や園芸店を回った。
すでに予約が入っていて断られる場合もあったけど、そうでない場合はフラワーデザイナーさんと直接会って、椿さんの要望を伝える。けれど、どのフラワーデザイナーさんも椿さんの細か過ぎる要望を聞くと、大きくため息を吐き出し「ウチでは無理」と断られる。
「妥協するなら、できなくはないけれど…」と言った方もいたけれど、それだと椿さんがイメージする椿さんのお店ではなくなってしまう。私は椿さんがイメージする椿さんのお店が見てみたいのだ。妥協は、したくなかった。
私は椿さんの希望を叶えてくれるフラワーデザイナーさんを探した。ほうぼうを探し回って、ようやく椿さんの希望をすべて聞いてくれるフラワーデザイナーさんを見付ける事ができた。
三十代の若さで生花店を経営する傍ら、フラワーアレンジメントの教室を開いている
椿さんの細かい注文にも笑って「やり甲斐がある」と言って引き受けてくれた時は、合掌して拝みたくなったわ。
兎にも角にも椿さんのお店に飾るお花はこれで一安心。靴底を磨り減らした甲斐があると言うものよね。
一応、専務に手配ができた事を報告しようと、柴さんのお店から社に戻って来た私は専務室のドアをノックしようとしたところで、中から聞こえてきた声に手が止まった。
「谷岡さんてば、仕事放り出して、どこに行ってるんですかね~」
鼻にかかった甘ったるいこの声は間違いなく牧田さん。
また、このパターンなの…言いたい事があるなら、直接言えばいいのに…
それにっ!私は仕事を放り出しはいないわよっ!ちゃんと佐原さんに許可をもらって、優先的に椿さんのお店に飾るお花の手配をしていただけよ。これだってちゃんとした仕事なんだから。
今日こそ、ガツンと言ってやろうかしらっ!
そう勢いこんで、ドアを叩こうとした私の手は、再度、中から聞こえてきた声によって止められた。
「谷岡は谷岡にしかできない仕事をしてるんだ」
機嫌の悪そうな専務の声。
「牧田。お前は口より手を動かせ。今朝、頼んだヤツは?」
「…まだ、です」
「頼んだのは今朝だぞ。人の事より自分の仕事に集中しろ」
「…すみません」
中から漏れ聞こえてきた二人の会話に頬が緩みそうになる。
『谷岡は谷岡にしかできない仕事をしてるんだ』
私を擁護するような発言は専務のただの気まぐれかもしれない。あるいは、なかなか仕事が進まない牧田さんに対する嫌味かもしれない。
それを嬉しいと思ってしまう私は性格がよくないかも。それでも、思う気持ちを止める事はできそうにない。
私は顔面の筋肉に力を入れると、いつも通りの表情を無理矢理作った。止まっていた手を動かして、専務室のドアをノックする。
「谷岡です。戻りました」
「入れ」
「失礼します」
中に入ると、微妙な空気感。それは何故かを知っているけれど、私は何も知らないフリをする。
「フラワーデザイナーの手配ができました。今から通常業務に戻ります」
「ああ。牧田、お前も佐原のところに戻っていいぞ」
「…はい、失礼します」
専務に頭を下げた牧田さんが、私の横を通って専務室を出て行った。通り過ぎる際、普段の可愛い顔が台無しになるくらい怖い目つきで睨むと言うおまけ付きだったけど。
彼女の敵意にはある程度慣れたつもりだったけど、あそこまで剥き出しにされるとは思わなかった。専務が自分に同調してくれなかった事がよっぽど気に入らなかったみたいね。
「谷岡」
牧田さんに気を取られていた私は少しの間、専務に呼ばれた事に気が付かなかった。
「谷岡」
「あ、はい。申し訳ありません。なんでしょうか?」
もう一度名前を呼ばれて、私は慌てて返事をする。
「悪かったな」
何か専務が謝らなければいけない事なんかありましたか?と、言うか…
「専務が私に謝ってるっ!?」
専務の秘書になって結構経つけど、この人が謝るところなんて初めて見た。
「何か悪いモノでも食べたんですか?」
もしくは頭を強く打ったとか?それ以外に原因が思い付かない。
「一応、俺だって椿のムチャ振りを押し付けて、悪かったなって思ったんだよっ!」
確かに手配を頼んだのは専務だけど、専務は花輪か花束の手配で済むと思っていた筈。花輪や花束が嫌だと言った椿さんにフラワーデザイナーの事を持ち出したのは私だ。だから、専務が謝るような事ではない。それなら、むしろ…
「『よくやった』と労いの言葉をかけて、ついでに最近できた美味しいと評判のフレンチのレストランでご馳走して下さるだけでいいですよ」
「さらっと要求レベルが高いじゃねぇか」
最近できたフレンチのレストランが、星をお持ちの高級レストランである事を専務も知っていたみたいだ。上手い事騙くらかして、おごらせようと思ったけど…残念。
「ま、フレンチのレストランは冗談ですが、せめてラーメンくらいはおごって下さい」
このくらいの要求なら、罰は当たんないでしょ。
「わかった。覚えといてやる」
おお、やった。ラーメンが食べられる。トッピング全部のせしちゃうぞー!
私はまだ見ぬトッピング全部のせラーメンに夢を膨らませつつ、仕事を頑張る事にした。
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