第4話 後輩の嫉妬と同居の強要~美桜~
「谷岡さん、アレってどう言う事ですか?」
質問を装いながら、批判する物言いで同じ秘書課の後輩である
「どう言う事と言われても、見たままよ」
私はいつも通り冷然と返したけれど、内心は荒れに荒れていた。
あの婚姻届は社長と旭さんが証人欄に記入して、昼休みになるや否や専務は私を引っ張って役所に連れて行った。そしてその婚姻届を役所に提出。昼休みに外から戻って来た専務と私の左手の薬指に指輪なんてあったら、牧田さんみたいに詰め寄りたくなるのもわかる。
艶っぽい話しなんて今の今までまるでなかった人がいきなり左手の薬指に指輪とかしてたら、気にはなる。しかもその相手が美形上司とか…
私もコレがゲームかマンガなら萌える展開だって、ベッドの上で転げ回ってる所よ。けど、コレは現実。更に言えば私の身に降りかかっている現実。
「いつから専務とそんな関係だったんですかぁ~?」
思いっ切り敵認定されたな~。まあ、もともと一方的に嫌われてる感じだったから、全然仲良しな訳じゃないけど。
「プライベートよ。話す必要はないわね」
関係も何ももとからそんなモンありませ~ん。
いっその事言ってやりたい。
あんたが好きな専務は女性問題を一気に解決する為に弱味を握った女性部下を脅して、無理矢理偽装結婚させて偽装妻を用意する最低野郎だぞっ!って。
大声で言えたらどんなにすっきりする事か…
弱味を握られてるから言えないけど…
「話しはそれだけかしら?仕事があるから失礼するわね」
これ以上追及されたらボロが出てしまいそうなので、私は牧田さんをその場に残して、専務室に入った。
専務室に入って、後ろ手でドアを閉めるとぶは~と脱力するように息を吐き出した。そんな私の様子を見ていた専務がぶはっと笑う。
「いくら俺がお前の趣味を知ってるからって、気ぃ抜き過ぎじゃね?」
「貴方に遠慮なんてしても馬鹿らしいと思っただけです。それにこっちは被害者ですよ」
最早、遠慮は無用だ。こんな人を脅して無理矢理偽装結婚させる奴なんて。
「と言う訳で、お前今度の休みは引っ越しな」
「何が『と言う訳』なんですかっ!その話しはどっから湧いて出てきた話しですかっ!」
そんな話しは聞いてないっ!てか、今度の休みとか急過ぎる。そもそも私は今の部屋から引っ越すつもりなんかない。小さいけれど楽しい一人暮らしライフを満喫できる我が家だ。我が家、サイコーっ!
「一応、結婚したんだから一緒に暮らさないと色々と詮索されて面倒だろ」
「貴方と暮らす方が何倍も面倒だと思います」
「言うじゃねぇか」
遠慮は無用なんて思ったからか、ついうっかりポロリと本音が漏れてしまった。それを聞き逃さなかった専務が肉食獣みたいな獰猛な顔で笑う。
「結婚したと言っても偽装結婚じゃないですか。だったら今まで通り自分達の生活空間やプライベートに干渉しない方が…」
タジタジになりながらも、私は専務に今まで通りの生活を推奨する。
「ああ、お互いの生活空間やプライベートには干渉せずに同居だ」
「別居でいいじゃないですか」
大体、専務が言ってる事には無理がある。別居なら自分の生活空間やプライベートを侵される事はないけど、同居となるとどうしても共同で使う空間がある。その結果互いの生活空間やプライベートを知らず知らずのうちに侵してしまう事だってあると思う。
はっきり言って、私は自分が萌え転がっている姿を人に見られたくない。だから同居なんて絶対やだっ!断固阻止っ!
「私と同居したら、生活習慣とか合わないと思いますよ。今まで一人で誰にも怒られないからお風呂の後裸でうろうろとか、そう言った事できなくなりますよ。それにほら、専務も私が自宅にいたら都合悪いなって時があるんじゃないですか」
同居のネガティブキャンペーン実施中。お願いだから「じゃあ、別居でいいか」って言ってっ!
「お前、風呂上がりに裸でうろつく癖があるのか?さすがにやめた方がいいぞ」
「私、そんな事しませんっ!やってるのは父ですっ!」
不名誉な誤解をされて、ついどうでもいい情報を話してしまったわ…お父さんは全裸ではなく、パンツ一丁でうろうろしているんだけど…
「谷岡、俺は相談してるんじゃない」
その言葉通り、私の意見は必要としていないであろう専務。けど、ここで負ける訳には…
「お前が『私と同居して下さい。お願いします、唯人さん』って言ってくれないと、うっかりスマホのあの画像流出するかもしれないなあ~」
誰が言うもんですかっ!て言ってやりたい。だが、専務の皮を被った悪魔は私にスマホを見せ付ける。
くっ…人の弱味につけ込みやがって…
ギリギリと音がしそうな程歯を食いしばる。が、どうやっても敗色濃厚。
「わ、私と同居、して、下さい。お、願い、します、専、務」
悔しくて言葉がスムーズに出てこない。つっかえながらも私は専務の言葉を繰り返す。ただ、どうしても名前を呼ぶのは抵抗がある。
「唯人さん、だろ」
「…唯、人さん」
少しの間の後、名前を呼んだ私を見て勝利の笑みを浮かべる専務とは対照的に、私は敗北の苦汁を舐める事になった。私の、完全敗北だ。
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