肉塊日記

お好み焼きごはん

日記


大変興味を唆る肉塊が、居間にひとりぼつちで佇んでおります。


居間には七月ということもあり、サンサンとした太陽光が畳を黄金色に染め上げて、辺りはカラツとしたやうな、ジメジメしたやうな陰湿な暑さが臓腑の内から込み上げるやうです。


さて、肉塊ですが、不思議なことに声が聞こえてくるのです。

「ミヤオミヤオ」。


奇妙なことですが、もし生きているのだとすれば納得が行きました。


ですが、試しにと触れてみても、手のひらに血の巡らぬ肉塊のヒンヤリとした生臭さと、汗もどきの水滴がニユルリ纒わり付いてシャツの裾に流れ込みますので、それは有り得ないことでございました。




7月7日


物干し竿に吊るされた洗濯物に積もった雪をふるい落としている時、テレビでは夏を記念して虫特集、と言ふ声が聞こえてきました。

釣られノシリ居間へ乗り出しテレビを眺め、何億色の電気の色とりどりの柔い体と硬質を眺めていると、テレビの中の女が特段やわい体の芋虫を摘みあげました。

そして何本もの足を動かしうねる、その白い腹に指を当てると、鼓動を感じると言いました。


ふと思い立ち、肉塊に耳を押し当てると、冷たいニュルつとした筋肉繊維の艶やかな凸凹の奥深く、全てを集中させれば聞こえてきそうな穏やかさを感じました。



7月10日


朝起きると、庭に沢山の鳩が止まっていました。

ホオホオ輪唱する鳩を眺めていると、大きな八尺ほどの鳥が、鳩を鋭利な嘴で抉りとりました。

すつかり減った少ない鳩を、鳩が啄むせいで、庭が汚れて掃除をするとすっかり夜でした。

リンリン鈴虫の歌を聞きながら、空を眺めておりました。


丑三つ時らしい薄ら寒い空気に包まれながら、眺めると目の奥を抉り取られ連れ去られてしまいそうな月の夜でした。


縁側の近くで寝転んでみると、なんとまあ、肉塊と月の似てること。

形色も明暗の付き方も違いましたが、それでもよく似ていました。



7月15日


五月蝿い蝉の声に連れられ、縁側へ飛び出すと右の民家を曲がってゴミ収集車がゆったりと来ました。

堀の穴から覗いてみると、長身の男が車の扉を開けてヌツと降りてくるところでした。

男は、1つずつ慎重に丁寧にセミを気からむしり取ツていくと、ジジジとばたつくセミを白濁したぶ厚いビニル袋に詰め込むと、セミの鳴き声は呻き声に変わっていきました。

セミの鳴き声は聞こえなくなりました。全て、集め終わったのでしょう。


車に戻ろうとする男の足元から、カシヤリカシヤと乾いた音が聞こえてきたので、足元を覗きました。

星の数ほどのセミの抜け殻がありました。青いコンクリイトに琥珀色が満ちていました。



7月20日


昼頃、そうめんをゆでていると、居間から甘い鳴き声が聞こえてきました。

みゃあおみゃあおと、赤ん坊のやうな愛されている声です。


つい居間によってみると、そこでは肉塊がただ鎮座しておりましたが、きっと寂しかったのでございませう。

撫でてやると、途端に鳴き声は止みました。以前に比べると幾分かサラリとした手触りの肉塊は、プラスチツクのやうで、成長を感ぢました。



7月23日


夜明け頃でした。

居間から低い、唸るような、心安らぐ可愛らしい声がいたしました。

布団から這い出て居間へ覗いてみると、肉塊がおりました。

おとといと変わらないその姿から、ゴロゴロと、可愛らしい呻き声をあげておりました。


居間から見える空は薄暗く、ワインのやうな空でございました。

ですからきっと、気分が良くなったのでせう。きつとそうです。



7月28日


肉塊の色が変わっていました。



7月31日


今朝、居間を覗いてみると、肉塊にパツクリと、大きな切れ目が空いておりました。

中を覗いてみると中は薄い桃色の空洞が拡がっていて、それは何処までも続いているようでした。


肉塊からはもはや温度は感じませんでした。そして音も。


カラリ乾いた表皮の肉となつた肉塊は、少し触れるだけでもボロリ崩れていくので、箒で掃いて庭に全て寄越してやりました。

残骸が庭を埋め尽くす頃には日はすつかり暮れておりまして、急いで夕飯の準備をしました。


そうめんを茹でました。

居間で食べているとつゆの中に外の残骸が風に乗って入るので、少し不便でした。



8月1日


夜中目が覚め、居間に行ってみると、庭を埋め尽くすほどの肉塊の残骸が綺麗さつぱり無くなっていました。その代わりに庭には双葉が咲いておりました。

緑色の初々しく生えていて、きっと、一月もすれば立派な姿になることでせう。


丑三つ時ですから虫の鳴き声ひとつ、風すらも吹きません。せっかくですから、縁側で少しだけ月を眺めることにしました。

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