第29話 あの人の隣にいつか
「ったく、なんなのよぉ~」
マイは体中にぬめぬめとまとわりついた粘膜体を引きはがすのに四苦八苦していた。
「うへぇ、きもちわるいぃ~。それに、めっちゃ臭い~」
(いくらここのバブリージュエルのドロップがおいしいといっても、これはちょっとはずれだわぁ。明日からは狩場を変えようっと――)
マイは「ソロ」だった。
バウガルドに来てからはすでに半年がたっている。とはいえ、向こう時間ではまだせいぜい2週間ちょっとだ。
剣道を幼児のころからやっていたマイは、剣の使い方には何となく勘があったので、剣を振るうことには特に違和感がなかった。さすがに、ロングソードやショートソードなどの両刃の洋式剣は少し扱いにくかったので、初めのころだけショートソードを使っていたが、お金がたまるとすぐにニホントウ形式の刀剣に変えた。
これがマイにはよく馴染んだ。
まさしく、「水を得た魚」のように、技術はどんどん向上し、一気に中級冒険者にまで到達した。現在のマイのクラスは
(そろそろここも終盤かなぁ。次の拠点に移った方がいいのかも。でも、この先ってパーティじゃないときついってみんな言ってるんだよなぁ)
今はそこで思案しているところだった。
先の拠点に進むとなると、パーティに加えてもらうか、まだしばらくこのニューズレイト周辺でちまちまとやっていくかの二択になっているのだ。
ソロ活動を続け、安全を期するなら、もう一段階上の装備に切り替えるまではここでちまちまやるしかない。しかしその一段階上っていうのが厄介なのだ。
『バウガルド』にダイブしてから少し経った頃に気が付いたことなのだが、この世界には実はパラメータというものが存在しているように感じる。
しかしそういうウインドウやUI(ユーザーズインターフェース)などは存在していない。つまり隠れ要素なのだろう。
マイは自身のその見えない「パラメータ」上では、筋力と敏捷値に特化した軽量級戦士スタイルだと思っている。そういうものは別に存在していないのだが、いわゆるイメージの問題だ。
ある時、はじまりの酒場のリノさん、に聞こうと思ったのだが少し怖くて聞けず、結局、給仕のフィーリャさんに聞いてみたのだが、そんなものはないと彼女は言い切った。つまり「パラメータ」というのは結局はマイの妄想に過ぎなかった。
しかし、一定の筋力がないと扱えない武器や、一定の体格がないと装備できない防具などがあると、過去のゲームオタクのマイにはそう感じてしまうのも無理はないのだろう。
(一段階上の装備整えるためにはあと半年ぐらいここでやらないとたまらないんだよねえ~。なんかいい方法ないっかな~)
そんなことを思いつつ今日のところは今倒したバブリースライムで一区切りして、一旦街へもどってドロップ品の整理や売却、装備品の手入れや修繕を済ませてから、あっちの世界へ戻ろうと意を決して歩き始めた。
バブリースライムが出現するケルガオ沼地からニューズレイトまでは30分ほどの距離だ。すでに日は傾き始めているが、暗くなるまでには戻れるだろう。
マイは最近、はじまりの酒場からニューズレイトまで馬を使ってくるか、もしくは、『キャリアー』を雇って運んでもらっている。
『キャリアー』というのは一種の魔法使いで、「ハイト」という高速移動魔法を使う者たちだ。このハイトという魔法、とても便利な魔法なのだが、かなり習得が難しいため、いつもはじまりの酒場に習得者がいるというわけではないのだ。
うまく出会うことができたときはこれを利用しているが、基本的には馬を使っている。
ダイブ地点を移すこともできるらしいのだが、はじまりの街ケルンはいろいろなところで利用価値が高く情報も集まりやすい。この世界はただ先へ先へと進んでいくだけでは効率的にスキルアップができない仕組みになっている。狩場情報やドロップ情報を仕入れるためにはやはりケルンが望ましいのだ。
(それにあの人に会える確率も高いしね――)
ふとよぎったあの人との出会いの時を思い起こし、ああ、もうあれから2カ月もたつのかと思うと、急に寂しくなり、涙が流れた。
(いつかあの人の隣に立ちたい)
その為に今は「ソロ」を続けているのだ。
(あの人も一人でやり切ったと聞いた。ソロでやっていくために必要なこともたくさん教えてくれた。だから、わたしも一人で頑張るって決めたんだ。そしていつかあの人の初めてのパーティメンバーになるんだ)
マイは流れ落ちた涙をぬぐって、帰り道を急いだ。
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