第23話 最後まであきらめるな!


「ナワキさん! まだだ、あきらめるのはまだ早いよ!」

「でも、京也君、これもう詰んじゃってるんじゃない?」


「大丈夫だ、まだ、まだワンチャンあるって! ここでゾロが出たらここでこうなってこうだから――ほら、まだチャンスはあるよ!」

「あ、本当だ! すごい京也君、よく気が付いたね!」


「さあ、ナワキさん、勝負だ。任せたよ!」

「よし、いっけ―――!」


 ダイストレイにダイスが振り入れられる。賽は投げられたって誰か昔の人が言ったようだが、まさしく振られた後は完全に運任せだ――。


 ゾロ目の確率は36分の6。つまり6分の1だ。確率としては16.66……%。決して高くはないが、実は一番出やすい出目ともいえる。

 サイコロ二つの出目の総数は一つの目に対して6通りずつの6×6、つまり36通りだ。

 サイコロ二つを振って7が出る組み合わせは、1-6、2-5、3-4、4-3、5-2、6-1の6通りで、一番多いのはよく知られていることかもしれない。

 これに対して、ゾロ目の組み合わせは、1-1、2-2、3-3、4-4、5-5、6-6の6通り。

 実はゾロ目が出る確率も同じなんだ。


「さぁ、こい!」

「こい!」


 二人の視線がトレイの中で回転するサイコロへ向けられる。


 やがて――。

 サイコロの回転は止まった。3-3、ゾロ目だ。


「よっしゃぁぁぁぁ!」

「ほんとうにきたよ!」


「ほら、やりましたよ、ナワキさん、クリアですよ!」

「はあ~、ちょっと年甲斐もなく興奮しちゃったよ」


 二人がはちきれんばかりの笑顔を交わし合っていた。

 周囲のゲームをしていた人たちが何ごとかと覗き込む。


「おおー! それ、クリアできたんですか? 最高難易度でしょ?」

「俺それ何回挑戦してもダメだったんで無理ゲーだと思ってましたよ」

「まじかー! クリアできるってわかっちゃったらやらないわけにはいかねーよなぁ」


 まわりの人たちが祝福してくれる。とても楽しいひと時だ。そして、とてもいい時間だった。


「――終わっちゃいましたね……」

「ああ、終わっちゃったね」


「ありがとうございました、ナワキさん。俺あの時ナワキさんに扉開けてもらわなかったら、こんなに楽しいものを知らないままで生きていくところでしたよ」  

「そんなことはないさ。ここでなくてもたぶんどこかで君は出会ってるよ」

「そうですかね?」

「そんなものさ」


 しばし、二人の間に沈黙が流れた。


 意を決して、京也が言葉を絞り出す。

「また――、また大阪戻ってきたら付き合ってください」


ナワキさんが答える。

「ああ、いつでも声かけてよ、楽しみにしてる。3年間本当に楽しかったよ、またやろうね」


「はい、是非」


 結局それがナワキさんとの最後のゲームになった。


 

 京也は就職がきまり、東京へ行くことになっていた。だからその日が大阪での最後の夜だったのだ。

 ナワキさんとは本当によく遊んだ。いろいろな海外のゲームを紹介してもらったりした。

 いつも大きなバッグを下げて彼はやってきた。バッグ一杯にゲームを詰めて。


 京也がナワキさんのことを知ったのはそれから1年後のことだった。

 たまたま時間ができて、小旅行を兼ねて関西に遊びに来れた時、「ダイシイ」の大阪本町支店へ寄った。1年前と何も変わらない様子でそのお店は存在していた。


「いらっしゃいませ~、ダイシイへようこそ~」

まだ高校生ぐらいだろうか、女の子が迎えてくれた。

「ケイコ君、お客さんかい?」

そう言って出てきたのはこの店の店長だ。


 ケイコと呼ばれたその少女は、店長に向かって、返事を返す。

「は~い、一名様ご来店で~す」


「あ、お久しぶりです、店長。覚えておられますか?」


「お? おお! 京也君じゃないか、久しぶりだね、ささ、どうぞどうぞ。ケイコ君はちょっと他のお客様を見ててくれないか? 僕はこの方と少しお話があるんでね?」


「はい、わかりました任せてください!」

そう言って元気よく返事をした彼女はほかのテーブルへと様子を見に行った。


「京也君、実はちょっと言いにくいことなんだけど――。やはり君に黙っておくことはできないと思うんだ。だから言うけど、ナワキさんがお亡くなりになられたよ」

店長は神妙な顔で静かにそう言った。


 京也は一瞬言葉の意味が理解できなかった。

「え? どういうことです? また店長そんな冗談は――」


「冗談でこんなことは言えないさ。残念だけど、本当のことだよ」


 店長の話によると、ナワキさんは病気だったらしい。

 このお店にもナワキさんのゲームがいくつか預けられていたという。ある日、唐突にナワキさんのカバンを持った中年の女性が現れて、ナワキさんの免許証を持ってこられた。

 彼女はナワキさんの奥様だった。

 ナワキさんは末期のガンだったらしい。そしてその遺言の一つに、ここに預けてあるゲームがあるから、いつまでも置いておくと迷惑だから、僕が死んだら回収に行ってくれと告げたという。

 その言葉通り、奥様はここに引き取りに来たのだが、もしご迷惑でないならそのままここに置いておいてもらえないかと申し出られた。寄贈したいとそういうのだ。


 店としてはありがたいお話だが、本当にそれでいいのかと返したところ、その方があの人も喜ぶと思うとそうおっしゃられた。


「ナワキさんは、最後の最後で勝負に出たらしい。難しい手術だったと奥様は言っておられた。けどナワキさんはそれに挑戦したんだとそう言っておられた。手術は成功したんだ。成功したんだけど、別の場所で転移が見つかった。それにはもう手の施しようがなかったらしい――あの人は最後まで頑張ったと僕はそう思っている」


 そう言って店長は立ち上がると、棚の方へ向かっていき、一つの箱を持って戻ってきた。

「君が来たら、これを渡そうと思ってたんだ。ナワキさんもきっとその方が喜ぶと思う」

 そう言って京也の目の前に差し出された箱はあの日、ナワキさんと最後まで戦ったゲームだった。


「いつ――、だったんですか? 亡くなられたのは――」

京也が引き絞るように質問をした。


「君が去ってから半年後の秋ごろの話だよ。手術に挑戦したのは、4月の終わりだったらしい」


「くっ――。ナワキさん、また遊ぼうって言ったじゃないか――」


 京也は溢れる涙を隠しきれなかった。 


 

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