第10話 この味、一生忘れない



 目的の農場に着くと、マモルは臆することなくズカズカと入ってゆく。農場の入り口らしき門構えのある所から、母屋の方へと向かう途中、一人のおじさんに呼び止められた。


「おい、お前たち、もしかして冒険者(便利屋)たちか?」


「あ、はい、冒険者ギルドの依頼票もってきました! 今日はよろしくっす!」

マモルが元気よく挨拶する。

「宜しくお願いします」

続いてケンジも挨拶をする。


「助かるよ、じゃあ、さっそくおねがいするかの?」


 おじさんは二人を畑に案内し、収穫の仕方の説明をしてくれた。

 収穫の対象はいわゆる「カライモ」というやつだ。日本でもスーパーなどで見かける、紫色のあれだ。

 畑一枚分の収穫作業ということだった、が、一枚って……。


(おい、ちょっと広くないか?)

と、マモル。

(だな、これ、終わるのか?)

と、ケンジ。


「じゃあ、頼んだよ。収穫終わって荷車に載せたら声かけてくれ、わしも隣の畑で別の仕事してるから」


「あ、はい……」

「わかりました……」


 おじさんは、それだけ言い残すと自分の畑作業をするべく去って行った。


「とにかく、やるっきゃねーな……」

「ああ、今日中に終わらなけりゃクエスト失敗になるからな……」


 そうなのだ。

 この世界の時間の経過速度は、日本の10倍だとは何度も言っている。つまり、一旦帰還してまた来週というと、こちら世界ではもう数十日過ぎることになってしまうのだ。さすがにいつまでもここに「カライモ」が存在し続けるわけはない。


「ケンジ、さあ、やるぜ!」

「よし、やるか!」


 ふたりはシャベルを手にして掘り出し作業を始めた。

 今はまだ朝方だ。さすがに一日あれば終わるだろう。


 「芋ほり」なんて幼稚園の頃にやった覚えがかろうじてある程度だ。そう言えば最近、土にすら触れていなかったことに気付く。

 やり方はさっき教えてもらった。これだけの量があるので、さすがに一つ一つ丁寧にやってると終わらない。

 なのでそこは適当でいいと言われている。

 まずはシャベルの先を苗の周囲にザクザクと差し込み、最後にグイッとてこの原理で掘り起こす。そして、適度に土を落としたら、荷車に積んでいく。

 そんな感じだ。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。


 ――――。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。


 ――――。


 二人は無言で一心不乱に「カライモ」を掘り起こしてゆく。


 数分後――。


「ふぅ――。これで一列できたぜ? ケンジ、大丈夫か?」

「あ、ああ。ちょっと俺にはきつい仕事だな。やっぱ運動部にしておけば良かったかな――」


「気にすんなよ? それぞれ適正ってのがあるんだからよ。お前はお前のペースでやってくれりゃいいからな?」

「ああ、すまんが、そうさせてもらうよ。でも、このペースでできりゃ、なんとか終わりそうだな?」

「ああ、大丈夫だ! ぜってー、終わらせてやる!」

「よし、あと、20列ぐらいだろ。一人10列ぐらいだから、昼過ぎには終わる計算だ、がんばろう」


 ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、グイッ—―。


 ――――ハァハァ。


 さらに数分後――。


 ――――ハァハァハァ……。

「や、やべえ、畑作業めてたわ……、腕がパンパンだぜ……。ケンジ、だいじょうぶかよ?」

「――。き、きつい……。でも、やらなきゃ……」


 その時だった、

「お~い、お前たち~。飯にするぞ~。ちょっとこっちへ来い」

おじさんが二人に声をかけてきた。


「飯、かぁ……。食えるかな?」

「おれ、食欲無いかも――」


 二人はおじさんの呼ぶ声の方へとぼとぼと歩いてゆく。


 二人が向かうと、倉庫の脇に木のテーブルが設置してあり、その上に食事が用意されていた。テーブルの両サイドのベンチの一方にはもうおじさんが席についている。

 二人は言われるままに、おじさんの正面にならんで腰を掛けた。


「これは報酬外だから安心して。好きなだけ食べるといい。さぁ遠慮は無用だ」


 二人の目の前には、たとえば、高級レストランのような仰々しいお皿が並べられているわけじゃなかった。ただ、籠に山盛りの野菜と、何かの肉を焼いたもの、真っ赤なスープが一皿ずつ、あとは調味料か何かの瓶、パン、ミルクという感じだ。

 決して、豪勢とは言えないものだったが、おじさんが籠の中から赤い実を一つずつ二人へ放り投げた。


「ほれ、ほれ。仕事の後はこいつに限る。まずはだまされたと思って、こいつをひとかじりやってみろ――」


 二人はその赤い実を手にして互いに顔を見合わせる。

 なんだろう? 「トマト」のように見えるが、同じものなのか? それとも何か違うのか?

 もしトマトだとしたら、冷えてもいないトマトの味なんて、想像に難くない。青臭くて、じゅるじゅる汁がこぼれるやつだろ?


「さあ、遠慮はいらん。かぶりついてみろ」


 じゃあ――、という感じで二人はそれにかぶりついた。


「――!!」

「――!!」


 二人は驚いて顔を見合わせる。


 間違いない、「トマト」だ! でも何だこの「トマト」!


「あ、甘い!!」

「ああ、トマトってこんなにうまいのか!?」


 二人はせきを切ったようにトマト一個を完食してしまった。


「やべぇ……。おれ、このトマト一生忘れねえかも――」

マモルがつぶやく。

「ああ、これはもしかして、今日一番の御馳走なんじゃないか?」

ケンジもつぶやく。


 それを聞いたおじさんの顔はさも満足げだった。





 その日夕方までかかったが、二人は無事に畑一枚分の「カライモ」を商人ギルドの納品所まで運んで、その日の仕事を終えた。

 さすがにギルドへ依頼達成の報告をした頃にはもう疲れてへとへとだったので、今日のところは、一旦帰還して、再ダイブするかは時間次第ということにした。

 


 

 


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