炎上箱の中で。

エリー.ファー

炎上箱の中で。

 閉じ込められた。

 外に出ることができない。

 何もかも暗闇。

 私の声は届かない。

 確か、海の中だと聞いている。運よく扉が開いて外に出られたとしても、そのまま溺死する運命が待っている。死ぬしかないのか。死を避けることはできないのか。

 横暴を許すな、と口では叫んでいたが、デモが終わればこんな状態になってしまう。

 権力に立ち向かえるだけの、体力も物理的な暴力も持っていない。私は、無力である。何も変えることなどできないし、何にもなることはできない。

 夢を語り、未来を語り、今を語り、希望を語る。

 しかし、中身を見れば、そんな簡単ではない。

 すべては欺瞞に溢れている。

 私の問題ではなく、世界の問題だと思っていたのに、残念ながら私一人が抱える悩みでしかなかった。

 一人で踊ればよかったのだ。踊り明かすまでは、忘れられるのだから、満足を得ることはできたのだ。

 自分を失ってしまいたい。

 今だけではなく、これからを作り出したい。

 始まりはいつだって、夜明けと共にある。

 考え方はいつだって、自分によく似た鏡である。

 髪の毛を数えていくうちに夜が明けてしまうのなら、踊った方が得なのだ。

 私は、この場所で死ぬ。

 誰にも会えることなく死ぬ。

 風をこの肌に感じることもできずに死ぬしかない。

 頭の中には、こびりついたジャズの音。遠くから聞こえてくるのは、神の唸り声が、それとも胎動か。私は生まれようとしているのか。

 煌びやかな世界とは無縁だった。けれど、ここで考えを巡らせている間だけ本物になれている。

 そう。

 私はずっと、ここにいたのだ。

 閉じ込められた世界で、私という存在と会話を繰り返していたのだ。

 後悔はない。

 いや、そんなことはない。

 やりたいことなど腐るほどある。

 私を捨て去ってしまおうとして、失敗して、私を抱きしめた。

 繰り返された時間は、ループではなく、進歩という呪いを連れていた。

 私はこの海から出るのだ。

 そうだ。

 血迷った考え方を持っていた。

 この外に何があるのかなんて、分かっていたことではないか。

 私が海を愛していることなど、海には最初から伝わっていたではないか。

 余りにも誘惑に近い感情ばかりだから、気が付いたら、自分にキスをしている。

 そんな日々を愛していたのではないか。

 あぁ。

 私は、私を知っている。私は、私のことを考えている。私は、私のために悩んでいる。

 いずれ、状況を整えたら、私が愛した人に会いに行こう。そうして、何かご飯を食べに行こう。

 私が、私と名乗っていた頃を知っている人たちと喋りに行こう。

 私が、僕と名乗っていた頃を知っている人たちを抱きしめに行こう。

 その時は、僕の好きなジャズを口ずさもう。

 どうせ、誰も分からないのだ。

 良い曲。

 それだけでいい。

 ジャズの曲。

 それだけでいいのだ。

 多くは必要ない。

 あなただってそうだろうし、君だってそうだろうし、お前だってそうだろうし。

 私だってそうなのだ。


 私はジャズが好きなのではない、名曲が好きなのだ。


 欲張りが海の中で孤独を感じるはめになるのは当然のことだろう。しかし、海はいつか干からびてしまう。

 いや。

 今さっき干からびてしまった。

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炎上箱の中で。 エリー.ファー @eri-far-

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