13 お前は誰だ?
僕はハンス・フォゼット。門番の父に司書の母。そして、美しい2歳上の姉、リルと暮らしてる。
まだ僕は7歳だから、町の外には出れないけど、いつか出て冒険するのが夢だ。それまではリルと一緒に遊んでいる。
「ハンス、遊びましょ」
リルが家の庭で剣を振っている僕を見つけて、駆け寄ってきた。
「いいよー」
「何する?」
「じゃあ、かくれんぼうしよっか!」
「いいよ! ふっふっふ……」
リルが不敵に笑う。何か面白いことを考えているのだろう。
「今日は、私が鬼になるわ! 30秒数えたら探しに行くからね!」
「うん。わかった」
「いーち、にーい……」
リルの声に合わせて数を数えていく。
「きゅーう、じゅう」
その瞬間、僕は家の中に隠れた。灯台下暗し。よもや家の中に隠れているとは思わないだろう。
「さんじゅう! ……みーつけた!」
リルはあっさりと台所の棚の中に隠れた僕を見つけた。さすがお姉ちゃんだ。
「なんで分かったの? 隠れる場所いっぱいあるのに」
「ふふん。それはね……」
そう言って、リルは僕に耳打ちをした。
「実は私、何故かハンスの場所が分かるのよ」
「本当? なら、次は町全体でかくれんぼしてみようよ」
「いいわよ」
「絶対に見つけられないさ」
「いや、見つけるから!」
それから僕たちは日が暮れるまで遊んだ。けど、不思議なことに本当にリルには僕の場所がわかるみたいだった。毎回直ぐに見つかってしまった。
◆
「ただいまー」
お母さんが帰ってきたようだ。
「おかえりなさい、母さん」
「おかえりなさい、ママ!」
「あら、2人とも起きてたの?」
「えぇ。今から寝るところです」
「そうなのね。でも、まだ夜更かししちゃダメよ」
「分かってますよ」
「わかってまーす!」
二人で返事をすると、母は微笑んでから思い出したかのように告げる。
「そう言えば、来週に隣国の王子様がこの町にやってくるそうよ? 噂によると、運命の恋人を探しに来るんだって。リルはとても美しいし、選ばれちゃうかもね」
「王子様! 私、本の中でしか知らないよ」
リルは目を輝かせながら言う。
「本当ね。そのために明日から迎えの準備が始まるの。二人も手伝ってね」
「「はーい」」
僕とリルはお母さんに返事をする。その後僕はあくびを一つしてしまった。
「ふぁ〜。眠いから、僕はそろそろ寝るね」
「お休みなさい、ハンス」
「おやすみなさーい!」
僕は部屋に戻るとベッドに横になる。
『お前は誰だ?』
また始まった。一人になると決まってこの声がするのだ。お前こそ誰だよ。僕の質問には答えず、彼は一方的に話し続ける。
『思い出せ、本当の自分を』
「おい! いい加減にしろよ!」
そう怒鳴りつけても無駄だった。相変わらず声の主の姿は見えないし、返事もない。
「…………」
でも、この奇妙な現象にも慣れてきた。僕はもう驚くことはない。しばらく声を無視し続けて寝ようとしていると、部屋のドアがノックされた。
「ねぇ、ハンス。入っていいかな?」
リルの声だった。
「いいけど……」
リルは枕を抱えて入ってきた。一体なんだろう?
「どうしたの? こんな夜に」
「その、一緒に寝たいなって思って……」
「へっ!?」
突然の言葉に思わず変な声が出てしまった。恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じる。
「ごめん。嫌だよね。忘れて」
「いや、平気だけど」
僕は頭を下げて帰ろうとするリルを呼び止める。
「本当? なら……」
リルはそのまま僕のベッドに入って来た。近い……。心臓が激しく鼓動する。リルも同じなのか少しだけ頬が赤くなっている気がする。
「なんだかドキドキするね」
「そうだね」
それから会話が続かない。沈黙が続く中、先に口を開いたのはリルだった。
「ねぇ、ハンス。私のこと好き?」
「え? ……そりゃ好きだよ」
「ありがとう。私も好き。だけど、姉弟って恋愛しちゃだめなんだってさ」
「そりゃそうだよ。家族なんだから」
「だよね……」
再び沈黙が訪れる。だが、今度はすぐに終わった。
「あのさ、私達結婚できないんだって。でも、ずっと一緒にはいられるでしょ? だから、結婚しなくてもいいよね?」
「うん。いいと思うよ」
「良かったぁ……。じゃあさ、約束してくれる? 私と一生離れないでくれるって」
「もちろんいいよ。僕達は仲良し姉弟。永遠に一緒さ」
「嬉しい。絶対だよ? 破ったら怒っちゃうからね」
「わかったよ。破らない」
「それならいいよ。おやすみ、ハンス」
リルはそう言うと僕のベッドから出ていった。だけど、直ぐに踵を返して戻ってきた。ベッドに入ってきて、告げる。
「ねぇ、時々考えるんだ。お父さんとお母さんが本当の両親なのかなって。ハンスは思わない?」
「うーん。わからない。だけど、僕は今の生活が幸せだ。リルと一緒にいられればそれでいい」
「そっか。私もハンスと一緒にいられて幸せだよ」
「ありがとう。そろそろ寝よう。明日も早いよ」
「王子様を迎える準備だものね」
そう言うとリルは僕のベッドに突っ伏した。やっぱりここで寝るのか、と戸惑う反面嬉しくもあった。
その日、僕はリルと添い寝した。
◆
それからリルは毎日僕の部屋で寝るようになった。僕もリルを受け入れた。それが一週間続いたある夜のことだった。
「私ね。たぶん王子様に選ばれると思うんだ。私、美人でしょ?」
「うん。リルは可愛いよ」
「ありがとう……。でね。そしたらたぶん、ハンスとお別れしなきゃならなくなると思うんだ」
「うん……」
「……ハンスはそれでいいの?」
「いやだけど……僕たちは姉弟だし、仕方ないよ」
「そっか……」
明日、王子が来る。どうなるかはわからない。リルが選ばれたとして、僕はどうするのか、今はわからない。だけど、心のなかで胸騒ぎがしていた。そして、あの声が終夜僕に問いかけていた。
『思い出せ』と。
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