12 記憶
俺とリルはリルのレベルアップのために町の外に出ようとしていた。年齢的に俺は町からは出られないが、特別にライオットに北門を通してもらった。町の外に出たところで、お互いのステータスを確認し合うことにしたのだが……。
「なに? 農婦だと?」
「えぇ、そうなのよ」
俺は思わず声を上げてしまう。リルの職業が農婦だというのだ。だが、普通に考えてライオットの話が正しければ王女のリルはそれ相応の職業を得ているはず。どこか違和感を感じた。
「ステータス見せて」
「いいわ」
【名 前】リル・フォゼット
【種 族】ヒト
【性 別】メス
【年 齢】9歳
【職 業】農婦
【レベル】7
【体 力】21/21
【魔 力】21/21
【攻撃力】7
【防御力】7
【知 力】7
【精神力】7
【俊敏性】7
【幸 運】7
《スキル》
『種まき』
《魔法》
なし
《その他》
なし
「どう思う?」
「うーん。レベル上がらないとなんとも……」
俺はこのステータスを見て、確実にライオットが全隠蔽をしていることに気づいた。俺は全鑑定以外の鑑定を解放している。それで本名のリル・ラ・サンタリアが表示されないということはつまりそういうことだ。その本名でさえ、ライオットの情報だから不確かだが……。
隠蔽は普通の町人に見えるようにするためだとは思うが、どうもきな臭い。だが、こればかりは全鑑定しないとわからないよな……。まだ俺は全鑑定を解放していないから、今は仕方ない。
「農婦って実感は?」
「ないかな……」
「そうか……。そうだよなぁ。てか、そもそも君、自分の出自は知っているの?」
俺はそういえばと思いだして訊く。
「分からない。でも、本当の家があの家じゃないってことは分かる」
「そうか……」
リルが出自を知らないことが意外だった。ということはライオットの記憶の改竄は幸か不幸か、正常に働いているみたいだ。
「ハンス、知っているのね? なら、教えて欲しい」
「いや……すまない。今はまだ言えないんだ」
「なぜ?」
そう。今はまだ言えない。何故ならリル・ラ・サンタリアが王女であると言ったのは、他でもない記憶を書き換えることのできるライオットだからだ。
「その情報にまだ確証がないからさ」
「そっか……。分かった」
俺はその言葉を聞いてホッとする。正直言うと、伝えないことに少し罪悪感があったからだ。だが、不確かな情報を教えるのは嫌だ。ただ、懸念があるとすれば、ライオットの記憶の改竄を消す方法だ。俺がツリーを解放していけばいずれ、そう言うスキルや魔法が得られるかもしれないが……。
「まぁ、今はこのことは忘れて、レベル上げするか!」
「そうしましょう」
リルと一緒に草原に出没する植物モンスターであるエイコーン(コロンだと思ってたやつ)や、スライムなどを倒していく。
俺は昼のモンスターではレベルがもうほとんど上がらないので、レベルアップも期待はしていなかったが、リルのレベルも素質値も一向に上がることはなかった。一つの考えが浮かんだ。もしかして、ライオットに全てのステータスを隠蔽されているのではないかと。
隠蔽されていれば、レベルアップしたり素質値が上昇しても、書き換わったステータスの数値はそのままになると推測できる。
リルはレベルアップできないことに気づいてはいたが、落ち込んでいる様子はなかった。だが、どこか諦めた様子でもあった。時間もいい頃合いだったので、元気づけるためにも俺は提案する。
「よし、飯食いに一旦町に戻るか!」
「そうしましょう」
俺達は街に戻った後、町の飯屋に向かうことにした。
「リルって、いつも外食の時はどこで食べてる?」
「ギルドの近くに飲食店があるのだけど、一軒好きな店があって、そこかな」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ、そこにしようか」
「え、でもあそこは……」
リルは何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだようだった。俺は気にせず、その店に向かった。店内に入ると、客はほとんどいなかった。まだ少し早いからだろうか。
カウンターにはマスターらしき人物がいるだけで、他には店員がいないようだ。
「二人ですが……」
「お好きな席に座ってください」
俺はリルと一緒に一番奥のテーブルについた。メニューを眺めていると、リルが小声で話しかけてきた。
「ここのお店、辛いよ? それに……」
確かにメニューの至るところに激辛とか書かれているけど……。
「それに?」
リルは顔を俯かせて呟く。
「なんか、嫌な予感がするの」
「嫌な予感? どうして?」
「わからないけれど……」
「うーん。なら、やめとく?」
「いえ、せっかく来たのだから」
俺は少しばかりリルの様子が心配になる。
「辛さの種類も選べるみたいだね。どれにする? 俺は中辛にするつもり」
「私は激辛だけど……中辛もかなり辛いよ?」
「じゃあどれくらい辛いのか食べてみたい。すみませーん!」
店員を呼ぶと、すぐにやって来た。そして各々注文を終えると、俺はリルにステータスの話を切り出した。
「リルのステータスが上がらない理由に心当たりがある」
「私もあるわ」
「そ、そうなんだ。その心当たりって?」
俺はリルの反応に驚き、聞き返す。
「私は呪われているのよ。きっと高貴な身だったはず。私の容姿、かなりのものだと思わない?」
そう言って髪を耳にかける仕草をするリルは、確かに普通ではない美しさを持ち合わせていた。だが、リルはその仕草を後悔するかのように顔を赤らめていた。
「それは認めるよ」
「あ、ありがとう……。でね、呪われていたからレベルも上がらないし、どうやったのかはわからないけれど、こうやって別の家族として暮らしていると思うの」
「うん。俺の推論とは違ったけど、それもあるのかもしれないね」
「逆にハンスの推論って?」
リルに訊かれた俺は隠蔽の話をした。
「隠蔽か……。それは知らなかった」
俺の説明にリルは頷く。ちょうどその時、料理が運ばれてきた。リルは激辛カレーセット、俺は中辛カレーセットだ。
「お待たせしました」
店員さんが持ってきたのは、真っ赤な色をしたカレーだった。見ただけで辛いのだとわかる。
「美味しそうだね」
「そうだね」
俺達はスプーンでカレーをすくい口に運ぶ。すると口の中に広がる香辛料の香りと程よい辛さが絶妙にマッチしていてとても美味しい。
「美味いな!」
「うん。凄く美味しい」
リルも満足しているようだ。しかし、ここで異変が起こる。突然、強烈な眠気が襲ってきたのだ。
(しまった……睡眠薬か……)
「やっと眠ったか。困るんだよ……。そうやって動かれるとね」
聞き覚えのある男の声がした。重たいまぶたを必死に開くとリルは既に机に伏して眠っている。俺は男に頭を掴まれる。
「どのみち忘れるだろうが、記憶を書き換えるには時間がかかるんだ。だから、眠らせるんだ。ハンス・ハイルナー」
そして俺の意識は暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます