第一話 日本一の人気アイドル。
『みんなー!今日はツムギの為に来てくれてありがとー!!』
『『『おぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!』』』
ドーム中を轟かせる歓声が響いた。
ファンたちが必死にペンライトを犬のしっぽかのように振る相手は、地下アイドル出身でありながら今では武道館を埋め尽くすほどの人気アイドル、ツムギ。
いや、日本一の人気アイドルと言ってもなんら過言ではないだろう。
チケットが発売されれば秒で即完売。
グッズが出れば超高額で転売されるほどの人気ぶりを博す。
『今日はこれでお別れ!みんなー!また来てねー!』
『『『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』』』
歓声をその一身に受け止めながらツムギは舞台裏に戻る。
しかし、その足取りは重かった。
「なんで私、こんなことやってるんだろう」
ツムギは地下アイドル出身であることは周知の事実。
しかし、元々はそこまで情熱はなかったのだ。
いわゆる、遊び半分、興味半分で始めたことだった。
しかし不運か幸運か、たまたま来ていた人気アイドル事務所の目に留まってしまい―――
『君!いいね!うちきなよ!』
―――的なノリでスカウトされてしまったのだった。冷やかしなのかと思ったのだが別にそこまで強い興味はない。
ツムギ自身、容姿は整っていると自覚はしているが、日本中にファンがつくようなアイドルには成れないと。
まぁ、過去のことはどうだっていい、現実だけを見ることにしよう。過去は振り返らない主義なのだ。
しかし、けれどもそろそろと疲れてきた。連日のファンとの握手会やらテレビ出演やら…楽しいし、貴重な経験なのだろが私には合わなかった。
人気絶頂な為、いまさらはい辞めますなんて言えるはずもなく…
「はぁ……」
こうしてため息をつくのだった。
そうして必要な身支度を終え、すぐさま帰路に就く。そもそもそんなに持ってきているものはない、だからこそ、こうして数十分の準備をして帰ることができる。
マネージャーに「打ち上げどうですか?行きますよね?」と言われたのだが行く気は甚だない。
タクシーから降り、料金を払うと自分の住むオンボロアパートに帰宅した。
階段が嫌な軋む音を出すため、ツムギはその端正な顔を不快で歪める。
バッグからカギを取り出し玄関を開けると目の前に広がるのはパンパンのごみ袋達。
―――キモ…
「なんで私、こんなことやってるんだろう」
夕食がなかったために近場のコンビニで済ませようとする。
帰る途中で買ってもよかったのだが、連日の疲労のおかげでうまく思考が回らなかった。
外に出るとあいにくの土砂降りだった。バケツをひっくり返した雨、という表現の仕方があるがまさにその通りだった。
傘立てからビニール傘を取り出し頭上に広げる。
前が何も見えなかった。
コンビニで軽く買い物を済ませて家に傘を差して帰る途中、背後からツグミ以外の足音が耳に入ってきた。土砂降りの雨の中、それ以外の音が聞こえてきた。
ツグミの足は自然と速くなった。が、それについてくるかのようにもう一つの足音も速まった。
鼓動が激しく脈動するのをツグミ自身強く感じ取った。
角を何度曲がってもまだ足音が聞こえてきたため、さすがに怖くなったツグミは、ついに走り出した。ツグミは、トップアイドルになれるほどに運動神経はよかったので、それなりに足は速かった。何度か角を曲がった時に疲れて足を止めるともう足音は聞こえなくなっていた。
――ストーカーか…
人気アイドルはよくこういうことがあるとは知っていたが、実際にされたことはなかったので怖かった。
自宅はあのオンボロアパートなのでセキュリティ対策ちゃんとできてるかなと、本気で心配になった。幸い仕事で稼いでるお金はまあまあ多かったので、しばらくはホテルに泊ろうかなと思った。
安全に家に帰り着いたので手を洗って先ほど買ったコンビニ弁当を食べた。味がしなかったので、某ウイルスかなと不安になり熱を測ってみると平熱だったので安心した。
「ごちそうさまでした」を言うと、24時間営業しているタクシー業者に電話した。タクシーが来るまで時間がかかるとのことだった。
当然だろう、いまは生憎の土砂降り。視界不良が過ぎるため安全運転をいつもの倍心掛けているだろう。
このまま家にいてもいいのだが…やはりどうしたものか。
ツグミは手を顎に置き、さながら探偵かのようなポーズを無意識の内に取っていた。
少し考えてからちょっとした身支度をしてタクシーを待った。
家を出てから5分くらいたった時、タクシーが来た。
タクシー運転手に「某高級ホテルまでお願いします。」と、言った。
今日は気分転換にいいホテルに止まろうと思っていたのでタクシーが来るまでの5分で予約はしていた。空いていた部屋はまさかの一泊5万円だった。
元々地下アイドルの私にとっては、高すぎるホテルだった。
今では、トップアイドルなので5万円は痛くはなかった。
30分くらいでホテルに着いた。
まあそれくらいするわなと思ったレベルのホテルだった。
もう時間は深夜1時だったが、結構明かりはついていた。
私はチェックインを済ませると、最上階の20階へのエレベーターに乗った。
20階に着き、自分の
正直びっくりした。
とてもきれいだった。
今来るべきでないと思った。
次の日は仕事なので早く寝た。
疲れていたので早く寝れた。
――――――――――――
――――――――
――――
―
朝6時に起きた。
普通に遅刻した。
軽く身支度をし、急いでチェックアウトを済ませた後、急いでホテルを出た。
タクシーを呼ぶ時間がなかったので走ってスタジオに向かった。
距離にして凡そ十分、走れば間に合う距離だ。
化粧をする時間はなかったので。サングラスにマスクの完全防備だ。服は、ユピクロのジーンズにTシャツ。いたって普通の人になっていると思う。これで気づくのは、地声を知っている人くらいだろう。今の私は、マネージャーなどの仕事仲間としか交流がないので、実質気づく人はいないだろう。
多分。
それは静かな裏道を走っているときのことだった。
どこか薄気味悪く、女一人で出歩くのには躊躇するような裏道だった。
今は時間が惜しい。
不意に車の轟くようなエンジン音が聞こえてきた。
曲がる角を曲がろうとすると、急にトラックが出てきたのだ。
光が私の目を奪うと、そこから視界は真っ黒に染まった。
そう、私は初めて死ぬかと思った。というか死んだ。
はずだった。
ボフッ
急にトラックがへこんだ。
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