うぐいす

しら玉白二

第1話

乗車したタクシー行き先を告げ、ラジオのなめらかな語り口に耳を傾ける。

ー次に視聴者の方からのお便りです。

「春になり、庭に植えた梅の木にウグイスが遊びに来ました。今年の初音でございます。」


はつね…


ー東京都立川市の伊藤さんからいただきました。曲をお送りします。バッハ作ブランデンブルグ協奏曲第5番より第一楽章、マリナー指揮、演奏はアカデミー室内管弦楽団です。別名チェンバロ協奏曲とも言われ…


4月連休前の土曜日、兄夫婦の家に寄ってきた。

後部座席の窓からまだ暖かくはないが、柔らかい日差しが入ってくる。




「もしもし?じゅんちゃん?」

「もしもし。じゅんちゃんだよ、まこちゃん?」

私は兄の家の玄関前で、買ってきたケーキを持って姪っ子4歳の電話を受けている。

「じゅんちゃん、きょうくる?」

「行くよ。はっちゃん元気?」

もう1人の姪っ子、6歳初音ちゃん。

「げんきだよ。じゅんちゃん、もうつく?」

「うん。ケーキ買ってくけど、まこちゃん食べたいのある?」

「いちごのケーキ!」

まこちゃんはイチゴのケーキしか食べない。

「わかった。買うね。はっちゃんは?何がいいかな。」

「まって、きいてくる。」

はっちゃーん、とパタパタ廊下を走ってく音がドア越しに聞こえる。

まもなくしてまこちゃんが、はっちゃんじゅんちゃんだよ、じゅんちゃーんて言ってごらんと聞こえてくる。

小さな手には電話の子機がまだ大きくて片手ではつかみにくいのだろう、ガサガサざざざと雑音に少し耳を離してしまう。

「じゅんちゃーんって。じゅんちゃーん。ほらはっちゃん言ってごらん、じゅんちゃーん。」

まこちゃんが一生懸命電話越しに促している。

しばらく待っていると、ガサガサと雑音がして鼻息が小さく聞こえてくる。じゅんちゃーんってとまこちゃんがもう一回言うと、小さくてか細いかわいい声が聞こえてきた。

「んーんー」

「はっちゃん?じゅんちゃんだよ。」

私が話すと

「んぁ、んぁ」

と赤ちゃんのようにかわいい返事が返ってきた。

「はっちゃんじょうずー。じゅんちゃんていったの。はっちゃんえらいね。」

まこちゃんがまるでお姉ちゃんのように、初音ちゃんを褒めていた。

「ちょっと真子、受話機近すぎ。」

お姉さんの声が突然入ってきた。

ガチャッと玄関ドアを開け、

「ごめんね、潤ちゃん。入って入って。」

扉1枚挟んで電話しているのがばれてしまった。

玄関には、車椅子に乗った初音ちゃんと、人差し指を口にくわえて私を見ているまこちゃんがいた。初音ちゃんの膝には電話の子機が乗っている。

「こんにちは。はいケーキ買ってきたよ、いちごのケーキ。」

まこちゃんは、指をくわえたままお姉さんを見上げ、キャーと声を上げながら居間に行ってしまった。

お姉さんにケーキの箱を渡し、初音ちゃんに挨拶をする。彼女の目線までしゃがんだ。

「はっちゃーん。じゅんちゃんでーす、イチゴのケーキ一緒に食べようね。上手にさっき話したね、じゅんちゃん嬉しかったよ、えらいねはっちゃん」

とゆっくり伝え、初音ちゃんの頭を撫でると、トロンとした瞳は何度もまばたきをして私の話しかけに応えてくれた。

「お兄さんは?」

「病院。はっちゃんの薬取りに行ったの。もうすぐ帰ってくるかな。それより真子ごめんねいつも。はっちゃんの口元にべったり受話機つけるから、雑音しか聞こえなかったでしょ。聞こえた?はっちゃんの声」

少し嬉しそうに聞くお姉さん。

「聞こえたよ、可愛いね2人共」

「それより潤ちゃん、ウグイスで何かない?来週なの。何作ったらいいのよ。思い浮かばない?」

「お菓子教室の課題?」

「あーどうしよう」

「フフ私また食べれる?」

兄夫婦たちの慎ましく幸せな生活。愛おしい。



ラジオから、耳心地の良いクラシックが流れてくる。「初音」をスマホで調べてみる


ーウグイスなどの、その年初めて鳴く声。春ー

とあった。へぇ、お姉さん知ってるかなと思い電話することにした。







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うぐいす しら玉白二 @pinkakapappo

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