八月の影 14 終わりの始まり
静市真也が神足父子のもとに戻った時、焼香を終えた新日本造船会長鹿ヶ谷幸弘は後継者を亡くした盟友の傍に残って共に弔問客を見送っていた。その姿は残された若い後継者の頼もしい庇護者のように見えた。この光景はある人々には両社が姻戚にはなり損ねたが今後も良好な関係を継続していくのだと世間に宣言したように見えただろう。静市真也もその光景に安堵した一人だ。神足家のためにも自分のキャリアのためにもそして何より凉のためにも良かったと思った。
警察から事故当日の行動についての聴取を受けた鹿ヶ谷由美子と父である神足汪は事故直前の故人の行動に何らかの”疑惑”があったことについて既に知っている。当然、このことは鹿ヶ谷幸弘の耳にも届いているだろう。つまり鹿ヶ谷幸弘のこの行動の裏には「故人の生前の行動について不問に付す事にした」と神足汪に示す意図もあるとみて間違いない。それは孫娘も同様だ。亡くなった婚約者はどうやら行先について周囲を欺いていたらしいという事実について鹿ヶ谷由美子はその胸のうちでどのような割り切りをしているのか、若しくは割り切りなど必要としていないのか。そのどちらかは窺い知れないが涙を一筋行儀よく流して悲しんでいた。ただ今はまだこの件についてマスコミには漏れていないが今後事故のあらましが詳しく報じられれば彼女には今後裏切られた婚約者という決して喜ばしいとは言えない枕詞がついて回ることになる。その時また彼女には試練となるだろうが新日本造船において父親を差し置いて祖父の後継者と目されている彼女にとっては感情を押し殺すことなどさしたる苦労ではないのかもしれない。
「…涼君にも誰か支えが必要だろう。」
鹿ヶ谷幸弘はまだ神足汪の父神足汀が陣頭に立っていた頃からの知己で汪とは親子ほども年が違うはずだったが今日はどちらが年上かわからない。老け込んだ神足汪に比べ背筋の伸びた鹿ヶ谷幸弘は随分と壮健に見えた。確か夏前には体を壊していたらしいがとても八十代には見えない。
「神足との縁はこれで終わりじゃないと思っているから。親戚にならなくともこれからもずっと力になりたいと思っているから。」
鹿ヶ谷幸弘は神足汪の手に涼の手を重ねると
「涼君の事も任せてくれていい。」
まるで一家の祖父のように二人に言葉をかけた。
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