第85話 三枚の身分証

 「やっと王都に到着かぁ~」

 「俺達が、如何に辺境の街に住んで居るのかがよく判るよな」

 「で、この馬車は何処に向かって居るのよ」

 「護衛の騎士隊長と御者に全て任せておけと言われたけど、流石に行き先も知らないのは不味いよな」


 取り敢えず馬車が停まるのを待って行き先を尋ねようとしたら、止まったのは王城の正門である。

 護衛部隊の隊長が城門を守る衛兵に書状を渡して、馬車の扉を開ける。


 「ザンド殿達とは此処でお別れです。サントス男爵様の書状を渡しましたので、此処からは城の者がご案内致します」


 恐々下りるザンド達一行に、衛兵が身分証の提示を求める。

 アラドから貰った王国発行の身分証を各自が提示すると、綺麗な敬礼と供にご案内致しますとの返事が返ってきた。


 先導する従者の後に従って歩くが、城内ですれ違うのは警備の騎士達や城に仕える従者にメイド以外は、全て貴族や立派な服装の男女で冒険者の身形の者は一人もいない。

 従者やメイド達もそうだが、すれ違う貴族や立派な身形の男女からあからさまな蔑み目付きに、身も心も震えながらひたすら従者の後をついて行く。


 曲がりくねった城内は、従者の案内がなければ即座に迷子になるのは確実で、今更引き返す事も出来ずに皆アラドの話に乗った事を後悔していた。

 扉の左右に護衛の騎士が立つ前で〈夜明けの風、ザンド様以下6名の方々をお連れしました〉と声を張り上げる。

 開かれた扉の両脇に騎士が立ち、従者が横に下がって一礼する。

 扉の正面に平服にローブ姿のアラドが立って居るのを見て、全身の力が抜ける思いになる。


 「君達は表で待機していてくれ」


 アラドにそう言われて騎士達が部屋を出て行き、手招きされて室内に入る。 広い部屋の中央には立派な机が有り、ザンド達を興味深そうに見る男が一人。

 その傍らにサランが立って居るのを見て、漸く全員が安堵の吐息を漏らす。


 「悪かったね。迎えに行きたかったんだが、何かと忙しくて」


 「本当にアラドだよな」

 〈何が起きているんだ?〉

 〈私達に何をやらせる気なの?〉

 〈おおそうだぞ、この身分証は何だ〉

 〈いやー、一生縁のない所どころか、考えもしなかった場所に来てしまったぜ〉

 〈アラドって、ホーランド王国の冒険者でしょ。何でパンタナル王国の王城の中で偉そうにしているのよ?〉

 〈そうそう、騎士様に表で待ってろなんて偉そうに〉


 「それは後で簡単に話すよ。取り敢えず紹介するから来てよ」


 ザンド達7人を宰相代理の前に連れて行き紹介する。


 「メリザン・パンタナル宰相代理閣下だ」


 そう言うと、慌てて跪こうとするザンド達を止める。


 「彼等に王国内の貴族の動向と、通達が遵守されているのかの監視を任せるつもりだ。冒険者が国内を彷徨いても不思議はないし、貴族や商人達も油断するだろう」


 「確かに、アラド殿の言うとおりだが、不正や通達違反を正せるのかね」


 「そんな事は無理だね。どういった事が行われているのか、見聞きした事を報告して貰うだけさ。その見聞書の一通は各拠点の行政監督官に送られる。もう一通は各地の教会を通して王都に送られる。その後に各拠点の行政監督官に提出された物が対処方法を記して王都に届く」


 「なる程、行政監督官の報告と教会経由で届けられる報告書を見れば、適切な対応を取っていなければ判るという事だな」


 「耳達とは別の視点は必要だろうからね。王家の通達を蔑ろにする奴は必ずいるからな。三つの報告書を会わせれば適切な対応が為されているのかも判るだろう。彼等には一人一日銀貨3枚を3年間支給してくれ。依頼料の振り込みは冒険者ギルドの彼等の口座に頼む」


 傍らで聞いていたザンド達に、適当に王国内を旅して貴族の領地経営の不備や、領民や冒険者の不満を書面にして各地の教会の神父様に手渡す事と、各拠点に在る行政監督官に提出する仕事だと伝える。


 次いで、冒険者達は国の定めた服装になる必要はない事。

 貴族や警備兵が難癖を付けて集る事も禁止している。

 王国や貴族と教会に属する魔法使い達は自由になるが、それを強制的に雇う事も出来なくなるので、その不正の監視が仕事だと話す。


 「おいおい、マジかよ」

 「そんな事が出来るのか?」


 「もう通達は出ているよ。抜け道を見付けて守らない貴族や商人達が必ずいるからな。其れの監視だよ」


 「魔法使いなんて見ても判らないわよ」


 「額、眉の間の上に朱の丸が付いている者は王国や貴族と教会に属していた魔法使いだよ。彼等は一年契約でそれぞれの雇い主と契約する事になっているからね。額に縦に二つ朱の丸い刺青が有る者は治癒魔法使いだから目立つよ」


 「まさか・・・此をあんたが決めたって事は・・・」

 「それは無いだろう。アラドって冒険者だよな」


 「勿論、俺もサランも冒険者だぜ。ただ、今はこの仕事を手伝っているだけさ」


 七人全員からじっとりとした目で見られたが、素知らぬ顔でやり過ごす。


 「教会に報告書をと言っても、俺達が教会に行って神父様は受け取ってくれるのかい」


 サランに頷くと、サランが彼等に教会発行の身分証を渡す。


 「その身分証は統括教主の使いとしての身分を示す物で、それさえ見せれば、渡した書状は王都の教会本部経由で宰相の元に届くとのさ」


 「やれやれ、身分証を三枚も持つ事になるとは思わなかったぜ」

 「それで、私達はバラバラで各地に行く事になるの」


 「皆で行ってくれて構わないよ。パーティー単位で動かないと不審がられるだろう。それとダミーの荷物を担いでないと狙われるから、気を付けなよ。期間は3年だから旅を楽しんできな」


 「判った、3年間王国内を旅して来るよ」


 「暫く王都見物してから、気の向いた方に向かえば良いよ」


 「なあアラド、一つ聞いて良いか」


 「俺達の事なら、忘れてくれて良いよ」


 「忘れらる筈がないぞ! そうじゃなくってだな、たった此れだけの事を伝えるのにお城まで俺達を呼び出したのか?」


 「それね、行政監察官の身分証を貰っても信じられないだろうと思って、宰相閣下の顔を見れば信じるだろうと思ったから来て貰ったんだ」


 「はいはい、信じます。信用しますとも」

 「本当に、あんた達には驚かされるわね」


 「なんなら、国王陛下の顔も見ていくかい」


 「嫌! 勘弁してよぉ」

 「何かとんでもない奴と知り合いになっちまったなぁ」

 「これ以上は心臓に悪いから、早く帰りたいよ」


 未来の国王陛下になる予定の人物が傍に居るのに、知らぬとは言え暢気なものだ。


 * * * * * * *


 エイメン宰相は体調不良の為に屋敷にて療養という名の監禁生活を送らせている。

 メリザン・パンタナル王都防衛軍司令官をエイメン宰相の補佐から代理として宰相職に就け、着々と国王退陣の準備を進めていく。

 その為には、次期国王予定のメリザンに対して叛意を持つ者は徹底して排除していく。

 この頃になると、俺にはパンタナル王国の権力構造に一切の興味が無い事を理解したメリザンが、積極的にホーランド王国との和解に向けて動き出していた。


 俺も奴隷の首輪をさせているとは言え、俺達に害が及ばない限り自由にさせているので楽になり、時々サランと共に王都ボルドを散策し珍しい物や菓子などを買い込んでいた。

 現在パンタナル王国の行政監察官と、ウルブァ神教統括教主補佐の身分証を持っているので、改革の通達が守られているか警備兵達の行状観察も兼ねている。


 後学の為に王都の冒険者ギルドに顔を出したが、決められた冒険者用の服を着用しているものの、着崩したりして様変わりしていた。

 直ぐに服を買い換えるとなると金が掛かるので、着崩したり多少見栄えを変えるところから始めた様だ。

 これって、学校の制服を改良して御洒落を楽しむ学生の様で、見ていて微笑ましかった。


 * * * * * * *


 「陛下、送り出した派遣大使交代要員ですが、アラド殿の指示によりウルブァ神教の統括教主や教主の身分を貰ってパンタナル王国全土に散って行ったそうです。サランから聞かされた話ですと、既にマライド・パンタナル国王やマラメ・エイメン宰相以下の重鎮達も、アラド殿の手に落ちているそうです」


 「教会と王国を、たった二人で支配下に置いてしまったのか!」


 「送り出した者達が到着した時には、既に王家も教会も押さえていた様ですので何とも」


 「我が国で行った改革を、パンタナル王国でも実行する気なのは判るが、彼国をどうする気だろう?」


 「一つだけ確かな事が在ります。彼には権力に対する欲が在りません。彼国の牙を抜くと言っていましたので、傀儡政権を作る訳ではなさそうです。以前カリンガル侯爵が『彼を味方に付けたいので在れば、対等の立場を維持し約束を違えぬ事です』と言った言葉を受け入れて本当に良かったです」


 「馬鹿な貴族や豪商達を押さえておいて良かったと、つくづく思うのは我も同じだぞ」


 * * * * * * *


 「モーラン様、大丈夫で御座いますか」


 「ああ、年は取りたくないと言うが、この年になってパンタナル王国を旅する事になるとなぁ」


 「集められた方々は全て初老から隠居間近の方々ばかりでしたので、行き先がパンタナル王国と聞いて生きては帰れないかと思いましたが・・・」


 「それよ、まさかウルブァ神教の統括教主に化けるとはなぁ。3年と聞いて、又生きて帰れるかと心配になったわい」


 「気儘に旅をして、王国の状況報告と魔法使い達を解放後、王国と貴族や教会の魔法使いに対する態度を知らせるだけとは、任務自体は楽なものですけどねぇ」 

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