第18話 スクロール・ワールド
「で、なんでこの人を助けるのが後回しになったのかしら」
「コイツはカスカルと前から対立していた〝羊角隊〟の隊長なんだ。昨日カスカルが襲われたのはコイツの差し金の可能性が高い。もしそうなら、一連の事件の黒幕とすら繋がっているかもしれない」
モルガナがジェンウォを見ると、彼はモルガナの方を見て目を見張っていた。
「お前」
「な、何かしら。このお肉ならあげませんわよ」
ジェンウォは一転してフッフッフと悪人面で笑う。
「なんだお前らお似合いだな。揃って自殺志願者か。お前らの〝運命〟は数日以内に閉ざされる。自ら無理やりにな」
二人とも突然に図星を突かれる。そしてお互い、それぞれに自殺願望があることに驚いた。
——モルガナが? ……モルガナが!?
——レーノ、やっぱりまだ自殺を諦めてませんでしたのね……。
「〝彫刻家〟サンはお仲間を全員殺されたんだもんな。最期は討ち死にが御所望か」
レーノはジェンウォの胸ぐらをつかむ。
「なんか知ってんなら今すぐここで言えよ」
「そう怖い顔をすんな。それを教えてほしいならこのトラばさみを外してくれないか? そろそろ痛みに気絶しそうなんだ」
レーノとモルガナは目線を交わして頷きを受けてから、トラバサミを外す。
「下手な真似をしたら撃つからな!」
ジェンウォは汗を拭いながら立ち上がって、砂を払いテントの陰へ入る。意外にその足取りは軽い。
「ああ、いい気分だ。痛みに脳汁が出て気分爽快って感じだ」
火にあぶられていた肉を一つ取って齧り取る。
「やはり人の命運を握るのはたまらないな」
「握られてるのはあなたの方じゃなくって?」
「それはどうかな。おっと、そこの方? 銃を向けるのは止めてくれ」
「気が長い方じゃあないんだよね」
「分かった分かった、あんたが知りたそうなことは全部喋るとも」
ジェンウォは実際気分が良いようで、大ぶりな仕草と共に語り始める。
「そうだな、長い話になるが、まずどこから話したものか……。そうだ、〝スクロール・ワールド仮説〟は知ってるか?」
その単語を聞いた時点でモルガナも銃を向ける。なぜモルガナがその単語に過敏になるのか、レーノは疑問に思った。ジェンウォは鼻で笑う。
「撃つか? 撃つならさっさと撃った方がいいぞ」
「……いつでも撃てるようにしてるだけですわ」
「フン。まあいい続けよう。マイナーな学説だ、知らなくても当然。なあレーノサンよ、フロンティアの開拓の意義ってなんだかわかるか? ちなみにエーテル石とか土地がどうとか資本的な回答は無しだ」
「……それがだめなら、『東の崩壊を免れるため』になるな。そんなこと気にして冒険者をしているわけじゃないけど」
「そうだ。我々の世界は緩やかに東側から崩れ落ちているからな。人類の生存域の維持のためには、西側への開拓が欠かせない。東が崩壊するから、西へ開拓する。……だが? もしかしたら逆なんじゃないか? というのが、スクロール・ワールド仮説だ」
モルガナは引き金に指をかける。
「どういうことだ?」
「崩壊するから開拓するんじゃない。開拓するから崩壊するんだ。人類の生存域が西へ伸びたなら、その分、東側は失われる。スクロールを読み進める時、同じ幅しか広げないように、この世界の東西の距離が固定されている。この考え方が、スクロール・ワールド仮説」
レーノは興味が勝って敵対的な態度が次第に引っ込んでいく。
「へえ! 初めて聞いた。面白いけど、難しいなあ。従来の考え方なら、崩壊は東側のみで起こる現象だったけど、それを採用すると、西側と東側が連動した現象ってことになる。根拠なく考えるには飛躍が大きいんじゃない?」
モルガナは険しい表情を続けている。ジェンウォは意外そうに開けた口を縦にする。
「おおー、真摯に話を聞いてくれてありがたいよ。その通り、こんな説は荒唐無稽だとも。崩壊を誰かのせいにしたい奴らの現実逃避だ。しかしそれが今回の一連の事件の動機でもある。ソイツの動機は東の領土を取り戻すこと。東西の距離が固定されているなら、西を壊せば東が帰ってくるはずだ。
レーノの鼓動が早くなる。
――今、こいつの口からもしかしたら、自分の求める相手の名前が出るのかもしれない。
「その計画のためには冒険者ども、特にハイクラスギルドが障害となる。だから事前に手を打った。〝ナンバーワン〟はランを潰せばオーケー。〝宵の明星〟からは俺たち〝羊角隊〟を引き抜き、更にリーダーのカスカルを潰す。そして〝がらんどう〟は、ああ、ご存じの通りだ。黒幕直々に手を下した」
「そいつは一体——誰、なんだ」
ジェンウォはもったいぶって口角を上げる。舌なめずりをして楽しげに答える。
「〝アタラクシア〟のエックス。東の果て、ジェリアール王国の、正統後継者だ」
モルガナは銃を下ろして諦めの息をついた。続けて口を開く。
「私はその、正統後継者……フッ。私はその正統後継者の妹なのですけれど、ジェンウォさんに頼みがありますわ」
途中馬鹿にしたような笑いが出る。レーノは衝撃の情報に固まる。
「……コイツは驚きだ。何だ?」
モルガナは苦虫を噛み殺したような表情で脇を見る。強く結んだ唇を開く。
「その、ジェリアール王国という名前を出すのは、やめていただけませんか。レーノにそれを……知られたく、ないので」
「はあ? 今さら何を言ってんだ」
「……ジェリアール。ジェリア、そうか、なるほどね」
レーノの頭の中でピンと物事が繋がった。
「血縁ならエーテル適正は被る」
双子のエーテル適正が全く同じだったように。
「君が〝記憶〟の適性を持っているなら、お兄さんのエックスもきっと〝記憶〟の適性があるんだろうな。なら納得。〝がらんどう〟を襲ったのは間違いなくエックスだ」
「そして、私がその適性を隠していたことは、私とエックスに繋がりがあることを示唆しています。私が〝記憶〟の適性を隠すことは、エックスの有利に繋がるから」
「モルガナは疑いをかけられるのを恐れてるの? だとしたら——」
「私は!! レーノに死んでほしくない!!」
モルガナがレーノを遮って叫んだ。スカートの裾を掴んで言葉を紡ぎ出す。
「死んでほしくない……のですわ。こんなあさましく利己的な思想に巻き込まれて死ぬには、惜しい人です。……私が本物の王族でないことがバレると、報奨金が偽物である可能性に行きつきますわよね。借金を返すのが絶望的となると、レーノがエックス相手に討ち死にする可能性が高まるんじゃなくて? もし本当に自殺願望があるというのなら、それを助長してしまう。そんなことは……避けたい……!」
モルガナは強く言い切る。息を吸う。声には次第に嗚咽が乗る。
「エックスが黒幕であることはあと少し状況が揃えばすぐにバレることですわ。けれど、ジェリアールという名前が出るのは、もう少しだけ後であってほしい……私の『最後』の、その後でいいのですわ」
モルガナのこの訴えはレーノの心を強く動かした。レーノは不安を感じさせたことに対して、安心させるよう何でもないような態度をとる。
「お金なんて些細な問題なんだけどね」
「いいえ。私はもうすでに、それが嘘だと聞いていますわよ」
モルガナは〝記憶〟の石をレーノに向ける。レーノはしょうがないなあと肩をすくめる。
「モルガナ。一つ言っておくけど」
「……何かしら」
「俺も、君には死んでほしくないよ」
モルガナは目を伏せる。地面に雫が落ちる。
「えーっと、それで、おい。どこまで言ったってことになってるんだ?」
「は? だから、そのハイクラスギルドを潰して回った黒幕は誰かって話だったろ?」
「おおピッタリ……じゃなくて。黒幕はエックスだよ。東の崩壊で故郷を失った男だ」
レーノはひとまずその情報を自分の中に飲み込んだ。
――どうしてか動揺は少ないな。まるで一度聞いたことがあるみたいだ。犯人はエックスかもという予測は事前にしていたからかな。
「さて、やっと続きが話せるな。長かったー……」
ジェンウォはへとへととため息をつく。
「ご、ご苦労様ですわ」
「今ので話、終わりじゃないの?」
「終わりじゃねえよ。俺が追われてた話があるだろうが」
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