三章 天災を統べる者

第14話 第三エリア〝天地の荒れる野〟

 こんばんは。お互い忙しくてしばらくぶりになっちゃったね。


 振り返りはいる? レーノとモルガナが第二エリアでスーを倒したって話だったね。パーティーにはクレースとカスカルも加わって賑やかになってきたよ。


 今日の見どころはって? うーん、見どころかあ。今回の章から、モンスター戦よりも対人戦が増えてくるから、そういうところに注目してもいいかもしれないな。あと、やっぱり最後の衝撃的な展開はびっくりすると思うよ。


 あ、そうだ。この章が終わるとしばらくレーノが物語から退場するから、そう思いながら彼のことを見届けてあげてね。





 第二キャンプを越えた先、第三エリア、〝天地の荒れる野〟。見渡す限りの乾いた土地にレーノたちは足を踏み入れる。


「〝あめつちのあれるの〟です。アメツチとかアレノとか呼びますね。ウチはアノノと呼んでいました。他のハイクラスギルドでは何と呼んでいるのか聞いてみましょう」

「気になりますわー!」


 クレースはぶっきらぼうに答える。


「アレノ」


 カスカルは考える。


「コウヤ……っすかね」


「普通ですわ! 逆にその長ったらしい正式名称は誰が考えたんですの!?」

「それが分かんないんですよねー」

「そんなあああ!」

「そんなあ!」


 カスカルもモルガナに合わせた。クレースは愕然とする。


「カスカルあんた、このノリに一発でついていけるの!? そんな……また私だけ除け者? 私だけ独り身……」

「一体なんのことかしら」

「な、なんでもないわよ!!」





 四人は一定距離ごとに建てられた柱を目印にしながらコウヤを進んでいく。丸まった枯草が転がる。三十分ほど歩いたところ、モルガナが口を開いた。


「で、なんでカスカルさんはいるんですの?」

「え、いちゃだめなんすか?」

「お二方、なんでカスカルさんがついてきてるのか教えてくださいまし」

「いや知らないなあ」

「知らないわね」


 四人とも足を止める。レーノとクレースはお互いに「お前は知ってるんじゃないのか」という目線を向ける。乾いた日差しが沈黙の空間を照り付ける。


「え、で、なんで? いや居てくれるなら助かるんだけどさ」


「自分、元々第三キャンプを目指してたんす。双子の依頼はそのついで。そんな折に皆さんも西に行かれるっていうから、着いていくことにしたっす。そもそもこのエリアは〝宵の明星〟の根城だし、役に立てると思うっすよ」


「そうだったんだ」


 モルガナは顎に手を当てて、何やら賢そうな顔をしている。


「ふむふむ。第一キャンプは〝ナンバーワン〟、第二キャンプは〝がらんどう〟、第三キャンプは〝宵の明星〟。こういう感じですのね。分かってきましたわよ」


「第四キャンプにそういうギルドはいないけどね。第四エリア以降はギルド一つが管理できるようなところじゃないし」


「ここも本来は管理できるような広さじゃないっすけど、うちのギルド、人数は多いんで、前まではちゃんとエリアを網羅できてたっすね。あ、管理って言うのは、死体や遺留品を回収したり、危険な区域を見張ったり、簡易キャンプの備品を補充したりとかっす」


「『前までは』? ああ、そういえば〝宵の明星〟は分裂したって話でしたわね」

「そうなんすよね~……あ、そっちから敵っす」


 レーノが咄嗟にモルガナの前に腕を伸ばした。腕の上側に傷が出来て血が細く噴き出る。傷は細いが深く、二つ横に並んでいる。


 パーティーに緊張が走った。それぞれ武器を構える。


「敵!? 姿が見えませんわ!」


 クレースはモルガナを挟んでレーノの対角に立つ。レーノは鷹を一羽生成している。


「カスカル! 何匹いる!?」


 相手が不可視の存在であっても、その居場所がカスカルには手に取るように分かる。


「目の前レベルで近くにいるのは二匹、西の岩陰にいるのが三匹、北東の木陰にいるのが一匹、辺りで堂々としてる奴が五匹。——っすかね!」

「姿が見えない系のくせに堂々としてるとはこれ如何にですわ……」


 モルガナは銃床の大きな銃を取り出した。続けて取り出した銃身を装着すると、ライフルが完成する。


「え、モルガナどうしたのそれ」

「ベルカさんに貰いましたわ。剣をねだったんですけれど、これで我慢してくれと」

「それはいいけど今は連射の効く短機関銃の方がいいかも。狙って打つと当たらないから」

「それは敵の特性のことかしら。それとも私の腕のことかしら? あん?」

「敵の話だけど!?」


 クレースが敵の不可視の攻撃を一つ見切る。剣で受けて、返しの刃でその首を断つ。モンスターは死ぬと同時に姿を現した。犬のような見た目で牙が鋭い。


「ハイエナかしら?」

「正解。双子と一緒で、〝認識〟できないハイエナね」

「じゃあどうやって斬っ——あ、今の質問無しで」

「勘よ」


 クレースはドヤ顔で答える。モルガナは悔しくて適当に撃ってみるが、かすりもしない。


 飛びかかってきたハイエナをカスカルが杖の先端で叩き落とす。その個体は一瞬姿を見せるが、すぐに景色に紛れる。


「俺は精神の位置が分かるんで、勘じゃあないっすよ」

「というかカスカル様って近接戦できますの? 初耳ですわ」


 カスカルが杖を背面に通して構える。


「最低限っすけどね。得物自体はかなり長いんで」


 レーノの創り出した鉄の鷹が四人の周りを旋回している。レーノが鷹を狙って弾を打つ。それは鷹の背中を跳弾して、どこか向こうの地面に着弾して爆ぜる。ハイエナが一匹吹き飛ぶ。


 モルガナはなぜレーノがそんなややこしい手順を踏んだのか疑問に思った。


「こんだけ削れば諦めてくれないかなあ」

「はい、諦めたみたいっすね。控えの奴らも戦闘意欲を失って離れて行くっす」


 四人は素早くその地点を離れた。モルガナが尋ねる。


「さっきの攻撃は一体?」


「あのハイエナは、気配を消すだけじゃなくこっちの思考を呼んで攻撃を回避するんだ。だから、自分もどこを狙ってるのか分からない攻撃をすると逆に当たるんだ」


「もしくは奴らの両足が地面を離れるのを待ってから攻撃の意志を持つことね。私みたいに搦め手が無いと、さっきみたいに勘頼りのカウンターに徹するしかなくなるわ」


 クレースは言ってから少し考え、慌てて訂正する。


「べべ、別に、私が脳筋ってわけじゃないわよ!? 勘で倒されるザコどもが悪いんだから! 勘も効かなきゃ私だって頭使うもの!」


「誰かにそうと言われたことがありますの……?」

「う、うぅ。そうよ。ネクスィに言われたわ」

「は? そんなもん気にしなくていいですわよ。あっちの方が脳筋ですわ」


 珍しくモルガナから冷たく低い声が出ている。


「ネクスィ嫌われてんな……」


「そういえばレーノにも! 昨日の無茶ぶりに対する恨みつらみをぶつけとかなきゃあなりませんわねえ! 忘れてましたわあ!?」


「え、やだやだ。え? 何の話? 俺分かんないなあ」

「とぼけても無駄ですわよ」


 モルガナはニコリと頬を上げる。当然、目は笑っていない。


「言い回しから察するに、ネクスィにはちゃんと文句を吐いてきたみたいね……」

「モルガナっち、敵に回したら面倒くさいタイプっすねえ!」





「竜巻ですわ」


 モルガナが進路を阻む位置の竜巻を指さす。人の背丈ほどの小さな竜巻。それは進路上でジッとして動く気配が無い。


 カスカルがモルガナの肩に手を置く。振り返ると、伸びた人差し指が頬を突いた。


「もっ……なんですの?」


 カスカルがニっと笑う。レーノはカスカルの腕を下ろしながらモルガナに並ぶ。


「モルガナ、あれは見続けたらダメなんだ」


 ――え? 今自然と俺の腕が下ろされたのは何だったんすか? あれ? あらあ?


 レーノはモルガナにゴーグルを渡して着けるよう指示する。


「視覚的に脅威を持ってもらった方がいいかな。クレース、悪いんだけど一度喰らってくれない?」

「モルガナさんのためだからね! アンタのためにするんじゃないんだから!」

「うーん。そういうと逆効果なんすけどね。ね」


 クレースが竜巻を見つめ続けると、ふわりと竜巻がほどけた。かと思うと、クレースを取り巻くようにして突然に竜巻が起こった。モルガナはすぐ隣から来る凄まじい風に両腕をかざす。烈風を伴う竜巻は、石を巻き上げてクレースの外皮を削っていく。


 クレースが剣を大きく横に振ると、竜巻は霧散し、巻き上げたチリをそこらに散らした。


「剣で……倒せますの!?」

「そっすね。何らかの攻撃をすると消える。これがコウヤ第一の脅威、〝辻斬り竜巻〟っす」


 クレースが自分の腕を見せる。小石で削られた程度ではない、深い切り傷がある。


「こうやって鋭い風での切断もされるわよ。〝再生〟とかがないとしんどいわね」

「最大の特徴は、人間が見つめていると襲ってくるってことだね。たまーにモンスターも巻き込まれてるから、人間に限った反応じゃないみたいだけど」


 四人は竜巻を発見した位置に行く。そこには、冒険者の荷物らしきものの残骸が僅かに残されている。それは見るも無残に千切られ、ぐしゃぐしゃになっていた。


「死体はないっすね。もう肉片になって散らばって、ハイエナが持ってったのかな」


 モルガナは想像して危うく戻しそうになった。口元を抑えて残った荷物を見下ろす。


「襲っても食べるわけでは無いんですのね。随分悪趣味な竜巻ですこと」





 このエリアにはいくつもある横穴の簡易キャンプで昼食も済ませ、四人は歩みを進める。カスカルが杖を横にして行進を止めた。四人の上空を旋回していたレーノの鷹も鳴く。


「第二の脅威っすね。落ちて降る、〝壺穴〟っす」

「俺の鷹が反応したのは分かるけど、カスカルにも察知できんの?」

「このエリアの天災はなんと悪意を感じ取れるんすよね。だから分かるっす」

「アンタもレーノに負けず劣らず器用よねー」


「鷹なら見える……。レーノ、これは見てもいいやつかしら」

「いいよー」


 モルガナはぐっとかがむ。地面を蹴ると同時に体を軽くして、鳥と同じ高さまで飛び上がる。


「——穴? ですわ」


 モルガナが見下ろした、四人の進路の先、数百メートル。そこに穴が空いていた。暗く深く、光を飲み込んで底は見えない。濃い紫色の外縁は少しずつ広がり、まるで水が排水溝へ流れるように地面を飲み込んでいく。その穴の直径は現在およそ1キロ。


 モルガナは着地する。レーノはエーテルの扱いが上手くなっていることを褒めて、続けて尋ねた。


「広がってた?」

「加速してましたわ」

「じゃあさっさと走らないとっすね」

「——走る。なるほど走るんですのね。なるほどなるほど走る……」


 モルガナがうんうんと頷く。


「いやそんな原始的な対処法ですの!?」

「しょうがないじゃない! あれホントにどうしようもないのよ」


 穴の外縁が視界に映る。蛇が這うように音もなく迫ってくる。


「ほら行くぞ!」


 三人は走り出すが、カスカルが立ち止まっている。クレースが振り返って叫ぶ。


「カスカル!? どうしたの!?」


 カスカルは立ち止まったまま空を見ている。


 ——なんだこれは。


 突然、彼の周囲に大量の精神活動が現れた。理解できないまま、カスカルは杖を前に構える。


 ――モンスターだ。他の三人には見えていない。


 〝壺穴〟は走って逃げれば決して脅威じゃない。けど、その逃げる先にモンスターがいるとなると別だ。加えて、モンスターが壺穴と連動するために潜伏していたってのは、随分とあからさまに作為的。ずっと俺たちをつけて、この機会を伺っていたということ。しかも俺を欺くために、精神活動すらも隠蔽できるモンスターが用意されていた。


 やはりそうか。ならこの一連の事件の首謀者は——。


「はあ。まんまと釣られたっすね」


 カスカルは杖に埋め込まれた二つ目のエーテル石、〝座標〟を起動して、モルガナと自分の位置を入れ替えた。モルガナは景色が後方へズレたことに混乱してバランスを崩すが、咄嗟に〝重さ〟のエーテルで身体を軽くして、こけたときの衝撃を緩める。同時に、自分がそれをできたことに感動した。


 カスカルは目前からの不可視の攻撃に備えて杖を前に構える。構えてなお、杖への強い衝撃で上半身ごと弾かれた。左右を見ると、レーノとクレースも不可視のモンスターに襲われている。


 ――狙いはきっと、俺だけなはず。


 カスカルは、レーノとクレースも〝座標〟を後方へ移動させる。〝座標〟のエーテル石はこれでもう色を全て失った。二人はモルガナの隣に瞬間移動し、それとほとんど同時に穴の外縁が三人の足元に追いついた。


 カスカルは振り返って声を張る。


「レーノさん! これはランさんのときと同じように、俺を殺すためだけに調整されたモンスターたちっす! みなさんは逃げてください!」


 レーノがモルガナの腕を掴む。モルガナは浮かび続けようとしたが、穴は引力を持って引きずり込んでくる。レーノは落下しながら叫んだ。


「なんだって!!? ランのときと同じ!!? おい、話を……!」


 カスカルは姿の見えない敵たちに対して杖を構える。他の三人は穴に飲み込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る