第13話 祝宴とその夜
その日の夜、砦では酒宴が開かれた。カスカルのエーテルでハイになり、参加者みなで酒を浴びる。部屋の中へ運ばれてきたスーの首にも酒をかけまくる。酔っぱらったクレースが剣を片手にカスカルを追い回している。
「よくも私に恥をかかせてくれたわね……」
「なんのことすか!? なんのことすか!!?」
泡が飛び交う中、ベルカがモルガナに声をかける。
「ネクスィが迷惑かけたな、アイツああ見えて雑なところあっただろ」
「ええ。あんな可愛い顔してサドっぽいとこありましたわね……」
「ご、ごめんなあ……」
星の降る広場。剣のメンテナンスをしているネクスィにレーノが声をかける。
「ネクスィも飲みなよ。功労者なのに」
「でも数人は帰ってきませんでした。僕が巻き込んだ冒険者たちです」
「他の奴らはそんなこと気にしてないと思うけどね。分け前が増えて嬉しいくらいじゃない?」
中から冒険者らが数人出てきてネクスィに声をかける。
「ネクスィくんこんなとこにいたの! ほら中で胴上げしましょ!」
「え、ええー……。胴上げ……?」
ネクスィは腕を引かれる。レーノもついていくと、中ではモルガナが胴上げされていた。
「うおおおお!! モルガナ万歳!! モルガナ万歳!!」
「うわ、うおわあああああ」
冒険者らはネクスィが来たのを見てそちらの胴上げに移る。まあまあ雑に輪から追い出されたモルガナは、壁際まで行くとお腹を抱えて思いっきり吐いた。ここで摂った酒と食べ物が滝のように流れ出る。レーノは爆笑しながら背中をさすりにいく。
「あ――――……飲んだ後の胴上げは二度とごめんですわ――……」
「そ、そう、そうだよね。そうだと思う」
レーノは笑いに体を震わせながらクレースに追い回されているカスカルの方を見る。
「〝宵の明星〟がいるとこんな感じになるんだよな。気に入ったなら加入しなよ」
「絶っ対に嫌ですわ!!」
クレースは剣の腹をカスカルの頭に振り下ろすと、満足してこちらへふらついてきた。
「ねえモルガナさーん、私と一緒に飲みましょうよ~」
「え、え。あのいいですけど。レーノ、カスカル様を……」
「分かったよ」
レーノは苦笑してうずくまって頭を抱えるカスカルの元に向かう。
「大丈夫?」
「いてて。いや手加減してもらったっすね。大丈夫っす」
二人で並び、改めて場を眺める。飲み屋のようなにぎやかな雰囲気の中、おもむろにカスカルが尋ねた。
「そういえば。レーノさん、死ぬつもりなんすか?」
レーノは言い当てられたことに驚きつつも、できるだけ平静を保って尋ねる。
「え、なんで?」
「いや、もし俺が同じ立場ならそう思うかもしれないなって」
「うーーん。どうだろうねえーーそんなことないと思うなーー」
「俺に嘘は通じないんすよね~、動揺が伝わってくるんで」
「なんだよごまかして損したよ! もう!」
「はは。命あっての物種っすよー?」
「どうかな。俺にはもう物種ってのが無いからさ。天涯孤独だし、お金もないし」
「なるほど。つまりレーノさんには今、何の責任も無いんすね。死ぬって言うのは、責任を投げ捨てる事っすから」
「責任……か。そうだな。モルガナの依頼以外には責任らしいものは無いね」
——それがタイムリミットなんすねー。
「でももしかしたら、レーノさんは別の責任を思い出すことがあるかもしれないっすね」
「なんのこと?」
「いや……もしかしたらの、話っす」
カスカルはちょうど昨日、〝がらんどう〟の襲われた場所に立ち寄った。彼にかかれば思念の残滓から過去の戦闘をある程度シミュレーションすることができる。そこでカスカルは何かの予感を掴んでいた。とはいえそれは可能性に過ぎず、まだレーノに語れるほどの確信ではなかった。
「レーノさんは、責任がある分にはそれを全うしたいと思うんすね」
「え、うーん、そうだね。昔、無責任で人を傷つけたことがあってさ。それ以来、意識するようにしてるんだ」
「へえ。それって——?」
二人はひっそりと昔話に花を咲かせた。
レーノは千鳥足のモルガナの肩を支えて個室まで連れて行く。ベッドに寝かせる。
「んにゃあ……。ブレード……オブ、エクスプロージョーン……。おりゃあー……」
「あの剣、気に入ったのかな……」
レーノはモルガナがぐずるのを置いて部屋を出る。
「服は自分で脱ぎなよー」
扉に手をかける——が、開かない。ノブが回らない。ハッとして部屋を見渡す。飲み水の瓶とコップが二つ。ボウルには湯が貼られ、体を拭く布も用意されている。
――お、おいおい。ウソだろおい。
十秒前、扉の外側。クレースとカスカルは恐るべきスピードで木の板を張ってロープでドアノブを縛った。素早く扉から離れる。
「カスカル、アンタ気の利いたこと考え付くじゃない」
「これが〝宵の明星〟のやり方っすよ。そして最後にエッチな気分を一つまみ……」
カスカルは杖を部屋に向ける。桃色のエーテル石が僅かに光る。
「ま、まさか、アンタそんな技も……。さ、最悪すぎるわ……!」
言いながらクレースは目を輝かせている。
「ふっふっふ。これが〝精神〟のエーテルを極めし俺の奥義っす……」
二人は部屋の前から去って行く。クレースはカスカルの肩をつつくと、にやりと悪い顔をした。
「カスカル、どう? 私たちも遊ぶ?」
「いや俺は心に決めた人がいるんで。すいませんっす」
「は?」
クレースはとんでもない梯子の外され方をした。
——独り身、私だけ……!?
「……飲むわ。飲むわよ。飲んでやるわ。カスカルあんたも付き合いなさいよ!」
カスカルは笑って返す。
「しょうがないっすねえ」
レーノはカーテンを持ち上げる。窓には鉄の格子がある。
――クソ、これ相手がそこらの同業者ならまあしょうがないかって抱いたけど、モルガナは依頼主で年下のお嬢様だぞ!? カスカルお前何してくれてんだ! カスカルお前何してくれてんだ!!
「んん……」
モルガナがベッドの上で身をよじる。レーノの額に冷や汗が浮かぶ。
「なんか……熱い……」
モルガナが上半身を起こして服を脱ぎ始める。
「あえ、レーノ……?」
モルガナが頬を赤らめてレーノを見る。モルガナの息遣いにレーノも唾を飲む。
――うわダメだ、ダメだダメだダメだ。最悪、扉をぶっ飛ばすか。修理費はカスカルに要求しよう。
レーノが頭を抱えているうちに、モルガナは立ち上がり、上下の服を脱いでハンガーにかけた。下着だけになると再びベッドへ行き、ボフッと音を立てて横になる。毛布を前に抱き寄せて、レーノの方を向く。意地悪そうに口角を上げる。
「背中、拭いてほしいですわ」
「んなっ……」
「レーノは私の従者でしょう?」
「違うわ……というか、醒めてる?」
「どっちの方がレーノに都合がいいかしら?」
「酔った相手を襲うのは気が引けるな」
「相変わらず尊敬させてくれますわね」
モルガナが毛布を胸の前に持ったまま立ち上がる。レーノに歩み寄ると、顔をグイッと近付ける。レーノの心臓が跳ねる。モルガナはフッと息を吐く。
「どうかしら?」
「酔ってるよ」
「ほろ酔いですわね。酩酊はしてませんわよ?」
「いやだからどうだったって……」
「これ以上言わせないでくださいまし」
モルガナがしおらしくしてレーノの胸に手を付く。頭を掻く。
「……ああもう、しょうがないな」
レーノは片足でベッドから立ち上がる。
「左脚、義足でしたのね。普段の所作からは全く気が付きませんでしたわ」
「まあエーテルで創った生体義足だからね。気付かなくてもしょうがないよ」
窓を開ける。涼しい外気が入ってくる。カーテンが僅かに浮かび、月明かりがちらちらとはためく。
モルガナはふふんと楽し気にレーノを引っ張ってベッドに倒した。やんや言いながらレーノの腕を枕にする。
「〝がらんどう〟はどんなギルドでしたの?」
「……そうだね。楽しいギルドだったよ」
レーノの身体の無数の傷跡に、モルガナが手を置く。
「最初は三人で、俺と、俺の妹と、あとリーダーのクルルーイっていうやつがいたんだ。クルルは無駄に広いギルドハウスを借りてきてさ。三人じゃあ全く手に余る、ふっ、あんなに大きな部屋を。その広々とした部屋が——」
「〝がらんどう〟」
「そう。人は増えたり減ったりして、最後には十一人だった。楽しかったなあ。〝宵の明星〟ほどじゃないけどバカばっかりしてさ。大金を稼いだって半分以上はその日のうちに使っちゃうんだ。クルルはしっかりしたやつであまり飲みの輪には加わらなかったけど、いつも嬉しそうにこっちを見てた」
「良いですわね……目に浮かびますわ」
今度はレーノが尋ねる。
「モルガナはどういう来歴をしてるの?」
「そうですわね……」
モルガナのあくび。眠気に脳が多少鈍る。
「東の果てに飲まれつつある王国、ジェリアールから来ましたわ。50年前の大崩落で、国土のほとんどを失って……今も、じわじわと崩れ落ち続けている……」
レーノはモルガナが眠そうなのを見て肩を撫でる。モルガナの声がふわりと溶けてくる。
「白い……灰のような王城……。私は、そこに残る人々から迫害されて育ちましたわ……。私のお父様やおじい様は、悪政を敷いていたようですわね。大崩落は、因果応報だと……」
レーノが疑問を持つのはすぐだった。
「家ではお父様にずっと王権の再興を説かれていましたわ……。王国を取り戻さなければ……崩壊した大地を、取り返さなくては……と……」
「……それで?」
「それで……。海を二つ越えて……大陸を二つ越えて……、ここまでやってきましたわ。ここに来るまでに、何でも。何でもしてきました」
モルガナの目元に涙が滲む。レーノは話の先を聞きたくて、気を急いてしまった。
「それで君は、第六キャンプに——この世界の西端に行ってどうするつもりなんだ?」
モルガナは目をこする。ぼんやりと頭が冷めてくる。口を開けたまま固まる。
「……あ、ら。喋りすぎましたわ」
「みたいだね。でも別にウソをついてたとしても気にしないよ」
「どうかしら。結局私のこの旅は決死行。こんな話を聞いたって、心に苦い後味を残すだけですわ」
「つまり君は、俺を慮ってそれを話していなかったってこと?」
「もちろん、あなたを利用するためです」
「ここまで来て俺が依頼を破棄するとでも?」
「報酬が偽札だとバレれば流石に揺らぐかもしれませんわね」
——それは。
レーノは一瞬考えてしまった。モルガナはその様子を見て微笑む。立ち上がってハンガーにかけた自分の服の傍へ行き、鼠色のエーテル石を取り出す。〝記憶〟のエーテル石。レーノは自分の記憶が消されることを察した。
「あー、今のは俺が悪かった。ごめん。許してくれない?」
「許しません。忘れてもらいますわね」
「……でもモルガナ、最後には、話してくれるんだよね」
モルガナは哀愁を漂わせながら微笑んだ。
「そんなの、方便ですわ」
——だって、レーノにそれを語る前に、私は死ぬつもりですから。
翌朝、レーノはクルースとカスカルに弄られるも、昨晩のことをおぼろげにしか覚えていなかった。
「え、いや……一緒に寝た、はずだけど……、あれ……? 飲みすぎたのかな……」
「はあああ、つまんねえ男だわ全く。モルガナさんに聞きに行こうかしら」
「クレース、モルガナっちは起きてきてからずっとレーノさんと目を合わせてないっすよ。これはもう答え合わせっすよ」
モルガナは西を向き、目を細めていた。その先にある何かに見ているように。
**
設営中の第六キャンプ。〝アタラクシア〟は相当強力なモンスターに襲われた。
次元を歪曲し、距離を弄ずる。順序を疎み、時間を略す。人型の木彫りの像のような見た目で、肩からは無数の腕が伸びる。右の腕はそれぞれが武器を持ち、左の腕はそれぞれが異能を放つ。座禅を組んで宙に浮かぶ。その身体は捉え難く、時には大地のように固くあり、時には霧のようにすり抜けた。
人類がこれまで出会った異形の中で最も強い個体の一つ。
それを、〝アタラクシア〟の精鋭は――捕らえた。
「よ、よし……、やった! 〝支配〟してやったぞ!」
杖をかざす女の前で、異形はジッと静かにしている。女の声に、〝アタラクシア〟の面々は勝利の声を上げた。異形の体力を大きく削った男を称賛する。
「やったなエックス!」
「ああ、エックスのおかげだ!」
「エックス! エックス!」
顔を仮面で隠した男、〝アタラクシア〟のエース、エックス。全身をエーテル石の機構武装で固めている。両腕のガントレットは複数の銃口を備えており、これがエックスの主要な攻撃手段だった。それは背負った火薬箱に繋がり、〝熱〟のエーテルと組み合わせることで激しい弾幕を張ることが出来る。
エックスは歓声の中、しかし不意に脱力して膝をついた。
「どうしたんだい。どこかにダメージを?」
異形を従えた女が見下ろす。
「エーテル直列の装備を使いすぎただけだ。流石に、強かったな」
メンバーがエックスへ横になるよう勧めるが、エックスはそれを片手で制して再び立ち上がる。大から小まで、多数のモンスターを侍らせた隣の女を見る。
「それがいれば街は――サーウィアは破壊できるか?」
巨大な三角帽子、右目には眼帯。杖を持った黒髪の女――メルフィスは得意げに返す。
「できるとも! 余裕だね!」
エックスが片手を上げる。メンバーたちは息を飲む。
「時は来た。故郷を失った者、土地を追われ難民の様に生きてきた者、みな私の思想についてきてくれてありがとう。東の果てから世界を横断して、我々は遂にここまで来た。そして今、勝利を確信するに至った。ここからが、反撃の時だ」
エックスが両腕を設営途中のキャンプに向ける。放たれた銃撃でキャンプは木端微塵に破壊された。
「フロンティアを、押し戻してやるぞ」
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