第3話 第一キャンプ奪還戦
女が一人、ピョンピョンと高く跳ねながら二人に近付いてくる。重力の影響の薄いフワリとした跳躍。
二人の前に着地する。木製の橋がトンと軽い音を立てた。
「や、二人とも。無事で何より」
青いシャツにズボン。ギルドの制服に剣で武装したゲヘナが現れた。
「ゲヘナ! 何があったの!?」
「あ、レーノ様の元カノですわ」
モルガナの不意打ちにゲヘナは噴き出す。口元を袖で拭いて、焦る声で否定する。
「な、何を勝手に邪知してるのか知らないけど全然そんな関係じゃないよ? 全然違うよ?」
「え~? ホントかしら~? 変な信頼関係を感じるなーと思ってたのですけれど~?」
「いや、ゲヘナとは一時期パーティーを組んでたことがあるんだ」
「へえ。つまらん回答ですわ。ね、ゲヘナさん?」
関西弁のイントネーションになったモルガナがゲヘナに振る。
「んー? 何のことか分かんないな? まっったく何のことか分かんない。分かんない分かんない」
レーノはゲヘナの過剰な反応を疑問に思ったが、今は雑談をしている場合ではないので流す。
「で、これは一体なに?」
「それがね、〝二の森〟のモンスターたちが一挙して襲撃してきたんだよ」
「ま、モンスターも徒党を組みますのね」
「いや普通は組まないけど」
「そう、圧倒的な力を持ったリーダーが生まれない限りは、あり得ないはずなんだ」
モルガナはポンと手を打つ。
「鳥さんたちのうちの一体がリーダーになったのですわね! 闘争心が高かったけれど後半エリア相当の強さという話でしたし、なるほど道理ですわ!」
「そうだとして、なんでキャンプを襲うんだろう……」
「それは分かんないんだよね」
——あ、そういえば闘争が好きとかいう生態だったな。それが理由か?
「〝ナンバーワン〟は? 大抵はここに誰かいるんじゃないの。ランは?」
ゲヘナは振り返って火の手の上がるキャンプを見る。
「ランは結構頑張ったよ。その、鳥さん……〝モドリドリ〟と名付けられたけど、三十体はいたモドリドリのほとんど全てを一人で倒した。ただ、ひときわ強い個体、リーダー個体にだけは敵わなくて。今はキャンプのどこにいるのか分からない」
「ランが……負けた!?」
モルガナはレーノの様子から、それがかなりの異常事態であることを察した
——ランと言うお方は、〝ナンバーワン〟で一番腕が立つ方のようですわね。レーノ様はエーテルを三分の二使ってやっと三体無力化した程度だった。ラン様は三十体倒したというなら、なるほど確かにレーノ様よりよっぽど強いですわ。
「〝跳ねる死体運び〟は。ゲヘナが居るなら他にもいたんじゃ」
「既にあった死体を街に運ぶのを優先した。残ってるのは私だけ」
「これはどうしたものかしら、レーノ様」
モルガナが腕を組んでうーんと考え込む。
「第一キャンプは迂回して、仕方ないですが野宿するといたしましょうか」
平然と口にするモルガナを見て、ゲヘナが驚愕する。
——この女の子、何を言っているの。
「私の依頼を優先していただけるのでしょう? まさかいたずらに私の身を危険に晒すと?」
レーノは一瞬だけ考える素振りを見せたが、すぐに申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめん。行かせてくれないかな」
モルガナの頬が上がる。
「当然!! そうでなくては私の従者は務まりませんわ! 共に第一キャンプを奪還いたしましょう!」
「従者ではないんだけどね!?」
「ほら、急ぎますわよ!」
三人はキャンプへ駆け足で向かう。ゲヘナはレーノのやれやれという苦笑いを一瞥してから、モルガナにぼそっと呟いた。
「……モルガナちゃん、いい性格してるね」
「誉め言葉と受け取りますわね、ゲヘナさん」
モルガナはゲヘナにウインクを返した。
「隊列を崩すなよ!」
「了解!」
三メートルはあろうかという巨大カマキリに四人のパーティーが臨む。前衛に剣と盾、後衛に弓と杖。隊長の剣士が大立ち回りで注意を引き、弓手が急所を狙う。盾使いの陰で術師が杖を振れば、地面はぬかるみカマキリの動きが鈍る。
「貰った!」
弓手の矢がカマキリの右の複眼を砕く。
「まだまだあ!」
続けて隊長が足の一つを切り飛ばす。
「行ける、これなら勝てるぞ!」
盾使いが喜んだのも束の間、カマキリの反撃で術師の身体が両断された。その攻撃のあまりの素早さに、盾使いは全く反応できなかった。術師の呻き声に振り返ったその背中を続けて突き刺される。二人が倒れる。
次にカマキリのは剣士の方を向く。剣士も足が固まり咄嗟に反応できない。腕が振り上げられたがしかし、弓手が気を引いてその攻撃を中断させた。
「隊長は殺させねえ!」
「……や、やめろ! 逃げるんだ!」
カマキリの次の攻撃は弓手に振り下ろされた。自然界最速の攻撃。それは銃弾よりはまだ遅い。
カマキリの右腕が爆ぜる。攻撃は再び中断されたが、その刃に傷はついていない。
「おおー。固いじゃん。キミ本来の〝二の森〟最強クラスだね」
カマキリが左腕でレーノを刈り取る。レーノの身体が上下に分かれるが、それは粘性の重い液体となってカマキリの左腕を地面に縛り付けた。
「残念身代わりです。夜闇に昆虫の目じゃ分かんないよなあ」
身代わりの足元で臥せていたレーノが立ち上がる。カマキリは無理な姿勢を作ってでも、動く右腕でレーノを狙おうとする。
カマキリの背後、右目側。空中を跳ねるゲヘナの周囲で、複数の剣が高速で〝回転〟し、残像が円を作っている。ゲヘナはその半径を広げて、カマキリの首を続けざまに斬りつけた。
カマキリの首が落ち、遅れてゲヘナも着地する。背後で巨体が崩れ落ちた。
「よし! これで勝ち!」
弓手が隊長の元へ馳せる。
「〝彫刻家〟と——」
「〝首刎ね兎〟」
ゲヘナは五本の軽くて薄い剣を束ねて鞘に納めた。レーノがカマキリの死体を踏み越えてくる。
「結局その物騒な呼び名、広めてんの?」
「かっこいいでしょー」
陰で隠れていたモルガナが合流する。
「そういうのって自分で広めるもんですの? 〝彫刻家〟もまさかレーノ様が自分で考えられたのかしら?」
「普通は勝手に呼ばれ始めるもんだと思うよ。俺もそうだし。まあ……ゲヘナが例外なだけかな……」
「理解しましたわ。ゲヘナさんも中々……」
「な、なんだよ、いいじゃんか別にそういうのも!」
火の手の広がる協会支部、その一室、机の陰に生きた人間の姿が一つ。ショートパーマの茶髪の女。息を殺して隠れる。
〝ナンバーワン〟の古参である彼女――クレースは、協会施設内を徘徊するモドリドリのリーダーから身を隠していた。周囲に気を張りながら、襲撃を受けた時の事を思い出す。
突然二階の窓が割れて、大量のモドリドリが施設内に侵入してくる。走る緊張感。
悔しさに拳を固める。
――悔しい。悔しい悔しい悔しい。奇襲じゃなければ絶対に勝てたのに。ザコ冒険者どもを庇わなければランは絶対に負けなかったのに。何もかも状況が悪いったらない。
「ピエッ!」
リーダー個体が部屋の扉を蹴り開ける。他の個体より一回り小さい身体――それでも女性の身長程度はある。
テクテクと部屋に入ってきて、くるりと見渡す。翼で扉を丁寧に閉めると、カーテンの裏や机の下などを一つずつ確認していく。床に頭を当てて椅子の下を見たり、資料棚の裏に羽を入れてガサゴソ探したりする。
「そんな狭いところに居るわけないでしょ!」
クレースはツッコみながら立ち上がる。リーダー個体はクレースを見ると、嘴をカチカチと鳴らしながら翼を小さく広げて小躍りする。「でもお前は出てきたじゃん?」という憎たらしい考えがクレースに伝わる。
「な、舐めてんじゃないわよ……! 別に私はアンタにツッコみたくて立ち上がったんじゃないんだから! 見つかるのは時間の問題だから出てきただけなんだから!」
リーダー個体に言葉は分からないが、きっとクレースはその態度をとるには無茶な主張をしているのだろうということは理解できた。翼を嘴にあててプププと笑う。
「この、獣風情が! 死ね!」
クレースが素早く距離を詰めて右手に持った剣を振り下ろす。リーダー個体はクレースの背後に回り込むよう〝改変〟して、その後頭部に蹴りを喰らわせようとする。しかしその位置はクレースの左で逆手に持ったナイフが既に狙っている。〝改変〟を重ね、クレースの頭上からの攻撃を選択する。瞬間移動するが、クレースの上段蹴りがリーダー個体の頭に直撃した。
リーダー個体はそこから更に〝改変〟して、クレースと距離を取るが、蹴りの衝撃で脳震盪を起こし、頭上に星を飛ばしている。
「読み切った! これでトドメよ!」
クレースがリーダー個体に駆け寄ろうとするが、体は意思に反して膝をつく。
「……え、あれ」
クレースは自分の足元に血だまりが広がるのに気付いた。その出血が、自分の身体の複数の貫通痕から流れ出ている事にも。遅れて全身の激痛に襲われる。
「ッ――!」
実際は3回ではなく、21回の過去改変が行われていた。リーダー個体は20パターンの攻撃の直撃の瞬間を続けざまに叩きこんだ。最後に距離を取ったのが21回目の改変。ナイフと蹴りで防がれた2回を除いて、攻撃は18回、クレースに通っている。
焦点を取り戻したリーダー個体がクレースを見下ろす。血だまりに倒れたクレースを。
――そんな。ランはコイツと張り合ってたのに。私は、私はランと、まだこんなに差が。
協会に五つあるハイクラスギルド。それを序列順に並べるなら、〝アタラクシア〟、〝がらんどう〟、そして三番手に〝ナンバーワン〟。それから、〝宵の明星〟、〝跳ねる死体運び〟と続く。
〝ナンバーワン〟は、ランもクレースもまだひよっこだった頃のギルド結成時に、せっかくなら一番のギルドを目指そうとランが名付けたギルド名。そしてランは現在、最強の冒険者が誰かという議論になったとき、まず第一に名前が挙がる存在になった。だというのに、ナンバーワンは未だに、一度たりとも最強のギルドとして認められたことは無い。
——や、やだ、いやだ。お荷物はもう嫌なのに。
リーダー個体は部屋から出て行った。もうクレースへの興味は失われた。
「ま、待ちなさい。私はまだ、戦える……わ、よ……」
クレースは拳を固めて地面に着くが、起き上がれはしない。
「く……そ……」
一筋の涙が流れる。
建物の入り口ホールにリーダー個体が出る。階段の上から見下ろすと、その時ちょうど、二人の人間が入り口から入ってきた。
「え、いるじゃんリーダー、堂々と」
「わお、ホントだ」
レーノとゲヘナ、モドリドリのリーダー個体が対面する。
モルガナは先の二人の冒険者――剣士と弓手に預けられていた。三人はモンスターを回避しながらキャンプを移動して、姿を隠せそうな場所を探す。もうキャンプに生きた人間の姿はほとんど見えず、巨大生物が道を闊歩していた。
モルガナが二人に尋ねる。
「私モルガナと申します。お名前伺っても?」
初めに剣士、次に弓手が答える。
「私はジェルムン」
「俺はヘグです」
「ありがとうございます。ご迷惑おかけしますわ」
ジェルムンが答える。
「いや、救われた命だ。迷惑なんてことは無い。そして、君のことは絶対に守ってみせる。これでも元軍人なんでな」
ヘグが損傷の少ない小屋を遠くに発見する。三人はそこを目指す。
「一つお尋ねしてもよろしいかしら」
「ん? なんだ?」
「その、冒険者と言うのは、パーティーメンバーが死んでも引きずらないのかしら」
その疑問には目の前の二人のことと、レーノのことも含まれていた。ジェルムンとヘグは顔を見合わせる。
「そんなわけない……が、お嬢さんにはそう見えるのか。そうだな、確かにそうだろう」
「悲しんでない訳じゃないですよ。ただ、それを態度に出してちゃやっていけないんですよね」
「しかし薄情と取られたって仕方ないとも思う。お嬢さんはこうはなっちゃあいけないぞ」
モルガナはデリケートなことを聞いた自覚があったので、まじめに返す。
「理解しましたわ。ありがとうございます。肝に銘じますわ」
三人は小屋に辿り着いた。小屋の前を徘徊する巨大カマキリの目を盗み、タイミングを見て三人とも素早く中へ入る。入ってすぐ、ジェルムンはモルガナの口を抑えた。モルガナは初め力で敵わない男性に抑えられたことに恐怖したが、そんな些細な恐怖は小屋の中の光景にかき消された。
「――――!」
モルガナが悲鳴を上げるのをジェルムンは抑え切った。囁く、しかし力強く。
「悲鳴は上げるな! 外のカマキリにバレる……!」
陽も落ちてに真っ暗になった部屋の中、ランプの明かりが揺らめいている。そこではモドリドリが一羽、男の腹をほじくり返していた。引きずり出された腸が床に伸びる。四肢もあらぬ方向に向いている。
モドリドリは三人が入ってきたのを見て、人体で遊ぶのを止める。倒れた男はまだ辛うじて意識があるようで、か細い声で話しかけてきた。
「あぁ君たち……。武器を置いて、投降するんだ……。そうすれば……、コイツらは襲ってはこない……」
モルガナは感嘆した。
――この男性は私たちの身を案じている。自分が命の危機に瀕しているというのに助けを求めもしない。そんな高尚な視座を持った彼は、一体何者。
モドリドリは三人の動向をジッと観察している。
「両手を挙げて……壁際に膝を、着くんだ……」
ジェルムンはモルガナから身体を離す。剣を鞘から持って外し、ゆっくりした動きで床に置いた。ヘグが小声で尋ねる。
「隊長」
「私たちの目的はモルガナ譲を守ることだ。しかしランがここで倒れている以上、この鳥に私たちでは敵わない。ランの提案を試すしかない」
「了解」
三人に戦闘の意志が無いのを見て、モドリドリはランの身体を弄ぶのに戻った。
隊長に続いてヘグも弓を床に置こうとするが、モルガナが腕を伸ばしてそれを止める。何かとモルガナを見上げる。
「それで、私たちはこれから、目の前で人の身体が弄ばれて殺されるのを、怯えながら眺めているとでも言うのかしら」
ジェルムンはモルガナの行動を察知する。
「モルガナ譲。ダメだやめろ。死ぬぞ」
モルガナはレーノに預けられたカバンから短機関銃を抜き出し、モドリドリに銃口を向ける。
「そこな殿方、ラン様でよろしかったかしら。あなた様はここで死ぬには惜しいお方。このモルガナ・フォン・ジェリアが、あなた様の寿命を延ばしてさしあげますわ」
モドリドリはモルガナを敵手とみなした。
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