世界は物語で溢れている

裄穂

1話


「おはよーっす」


朝、登校してクラスの皆に挨拶をする。

いつも通りの日常である。


「おっす、トモハル」


挨拶を返してきたのは隣の席の友人、ハヤトだ。


「なあなあ、ちょっと聞いてほしいことがあんだよ」


ハヤトは朝っぱらから妙に顔を輝かせてそんなことを言ってきた。


「今日は妙に元気だな?」

「そうだろそうだろ〜?」

「ちょっとウザい」


いや大分ウザいかもしれない。


「そんなこと言わずにちょっと付き合ってくれよ〜」

「はぁ、わかったよ。で、何?」

「いやあ実はな?俺昨日まで異世界に行ってたんだよ〜」

「昨日もお前登校してたじゃん」

「なんかよくわからんけど同じ時間に帰してくれたっぽい!」

「ふーん、で?」

「でってお前!冷たくねえか!?異世界だぞ異世界!」

「俺からしたらお前どこにも行ってねえし……」

「まあそうか。それでな?実は魔法使えるようになったんだよね」

「へぇ〜。どんな?」

「今から見せてやるよ。ほら!」


そう言ってハヤトが指を立てるとその指先から炎がポッと灯る。


「おー、すげえな。熱くねえの?」

「まーったく。どうだ?すごいだろ?」

「まあ俺は使えないからすげえとは思うけどさあ……そんだけ?」

「まさか!やろうと思えばこの校舎だって吹き飛ばせるぜ!まあやんないけど」

「そうしてくれ。ところで何のために異世界に呼ばれてたんだよ?」

「あーなんか魔王を倒してくれってさ」

「お決まりのやつか」

「そうだな。でもまさか魔法まで使えるようになるとは思わなかったぜ!異世界様様だな!」


既に何度目かもわからない異世界転移(?)に巻き込まれてるハヤトからすれば大して苦ではなかったのだろう。

「やっぱり魔法はロマンだよな〜」なんて言いながら指先に灯した炎をゆらゆらと遊ばせていた。


「ところでさ、ハヤト」

「なんだ?」

「それ、こっちでは何に使えんの?」


炎を指差しながら俺は尋ねた。


「え、火を灯したりとか?」

「何に?」

「えーっと、タバコとか……」

「お前吸ってんの?」

「全く」

「意味ねえじゃん」

「いやほら焚き火する時とかにもさ!」

「キャンプでもすんの?」

「異世界で散々したからもう懲り懲り」

「……」

「……」



悲しい沈黙が流れる。



「使い道、ないな」

「そうだな……」


現代において、魔法などただの宝の持ち腐れなのかもしれんなあ……。

現実を見て虚しくなった俺たちは黙り込んでしまった。

黙ってしまったことにより、教室の後ろの方から聞こえてくる姦しい声が耳に入る。


「ねえタケル!これなんてどう思う?」

「タケルさん、こっちのほうが良いわよねえ?」

「は、はは……そうだね」


今日も今日とて男の取り合いに興じているのはこのクラスでもトップクラスの美少女二人。

キョウカとコノミだ。

何でもどちらもタケルの幼馴染らしく、

小さい頃にタケルと結婚の約束をした仲なのだとか。

タケルに話を聞いた感じでは多少妄想が入っているのではないかと思うのだが……まあ下手に首を突っ込んであのラブコメ空間に引き込まれるのはごめん被りたい。

頑張って今日も生きてくれ、タケル。


「あんたはどっか行きなさいよ……!」

「あなたこそ早く自分の席に着いたらどうかしら……!?」

「いたいいたいいたいいたいいたい!!」



既に両サイドから引っ張られてど真ん中からちぎれそうになってるが、あいつは丈夫だからきっと大丈夫だ。


朝のホームルームのチャイムがなると同時に先生が入ってくる。

アレ?担任のヤマ先じゃないな?


「おーい、席に着けー」


普段はあまり見かけない教頭先生が教卓に着いている。


「えー、ヤマサキ先生は家庭のご事情のため、少々休むことになりました。よって今日から代わりの先生がこのクラスの担任を務めます。ではコヤナギ先生入ってきてください」


ガラ、と教室前方のドアが開き、女の人が入ってくる。

なんだか妙に色気のある先生だな……。


「今日からこのクラスを担当します。コヤナギルリコです。みんなよろしくね?」


軽くウインクしながら挨拶をするコヤナギ先生。

馬鹿な男どもが妙に盛り上がっている。

アイツとかアイツとかアイツとか……。

アレ?アイツらの名前なんだっけ。

まあいいか。

それはともかくやたら誰かを気にしているような……。

それも別にいいか。

これで今年4人目の先生だしな。


「それと今日は転校生が居ます。みんな仲良くしてね〜?」


そんな紹介とともに入ってきたのは金髪美少女だ。


「今日から転校してきました!キサラギマリアです!皆さんよろしくお願いします……って、ああああああ!!!」


煌びやかな笑顔で挨拶をしてくれていた美少女はとある男子に気づいて声を上げる。

そう、タケルだ。


「アンタは今朝の!」

「あっ!キミはあの時の」



流石だタケル。

転校生ともうエンカウント済みだったんだな。

また教室が一段と騒がしくなってきた。

挨拶の最中、こっそり後ろのドアから匍匐前進で入ってくる新聞部のユズキ。

教室がどんだけ騒がしかろうと気にせず爆睡するいつもテストは学年一位のチトセ。

今の時代どうやって手に入れたんだと聞きたくなるような短ランにボンタンを履いてる優等生のマサル。

何十年も前からこのクラスの地縛霊をやってるサヨリ。


今日もいつも通りの騒がしい一日の始まりである。

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