四季織々

名々詩

春 その1


 春休み、というか長期休暇の度に俺の家に集まることが当たり前のようになっている。特に用事がなければ自然とうちに集まって、だらだらしたり時には宿題を進めたり。代わり映えはしないが、気が置けない連中だ。それなりに楽しい。そしてこの春休みは初の試みとして、二人とも荷物を持参して泊まり込んでいる。

 うちの親は当然了承済み。というか大歓迎といった様子。

 母さんは二人の分の食器とか普通に用意してるし、父さんも二人を菜々美ちゃん葵葉くんと名前で呼んでいて、とても気に入っていることがわかる。こいつらはこいつらで普通に衣類を洗濯したりシャンプーを浴室に置いていたりする。もう住んでるレベル。昨日なんか橘花が通販で買ったものがうちに届いて心底呆れた。

 そんなある日のこと。俺と咲花が格闘ゲームで対戦していると、橘花が扉を開け放って高らかに宣言した。

「お花見しよう」

「「…………」」

「今から。行くよほら」

「お前今何時だと思ってんだよ」

「三時」

「真夜中だけど?」

「夜桜っていいよね」

 聞く耳ない。というか、言おうとしてることが伝わっていない。

「そろそろ寝るかって話してたところでさ」

 咲花が切り出す。いけ、そのまま押しきれ。

「そうなんだ。じゃあ五分後に出るから、準備してね」

 ひらりと躱し、言い残して颯爽と去っていく。

 会話が成立していない。これではもう、橘花が独り言を言いに来ただけだ。そして、こういう時の橘花には何を言っても無駄なのだ。

「あー……。…用意するか」

「そうだな」

 俺は溜め息をついて、咲花は少し困ったように笑った。


 × × ×


 家から歩いて数分、この辺りでは有名な花見スポットは、夜中にも関わらずちらほらと花見客が集まっているようだった。

「俺ら以外に客いるの笑えるな」

「まあ土曜日の夜だし」

「うん、明日も晴れそうだね」

 何の相槌なんだそれ。すたすたと先を歩く橘花、それを睨む俺、「星が綺麗だなあ」と暢気な咲花。一見ばらばらでまとまりのないグループ。そう見せかけて実はしっかりまとまっているのが俺たちの妙な所。不思議なものだ。

 しばらく場所を探して、「ここにしよっか」と桜を見上げる橘花に従ってレジャーシートを広げる。

 家を出るときに橘花から渡された荷物は、飲み物がたくさん入ったビニール袋、菓子類が山ほど入ってるビニール袋二つ。それからレジャーシート、ウェットティッシュやごみ袋が詰め込まれたリュックサック。用意周到すぎる。思えば昼間に母さんと買い物に行っていたのは準備のためだったのだろう。思い付きで行動する橘花にしては珍しく、少なくとも午前中にはあれこれ画策していたと予想出来る。

「今さらだけどこれ、花霞のお母さん全面協力だよな」

「そうだな。橘花だけでこんなにちゃんと準備出来ねえし」

「怒るよ花霞」

 体育座りで桜を見上げていた橘花は、横目でじろりと俺を睨んだ。なんだろう、とても久々に会話が成立した気がする。

 「ほんとに失礼だなこの男は」とぶつぶつ呟きながら飲み物が入った袋を漁る。そして橘花が取り出したのは缶ジュース。かと思えば少し違う。

「お前それ」

「ノンアルだから大丈夫だよ」

「あ、だから一緒に買い物行ったんだな」

「そうなの、お母さんがいないと買えないから」

 お前の母さんではないだろうという言葉を一旦飲み込む。カシスオレンジテイストと表記されているそれをぐいっと呷る橘花。ノンアルコール飲料は未成年が飲むことを推奨していない。当然買おうとしても断られることが多い。橘花なんかではあと十年経っても買えるかどうか怪しい。

「花霞また失礼なこと考えてるでしょ」

「なんのことやら」

 心を読まれるとは思わなかった。

「いいじゃん別に。推奨されてないだけで禁止されてるわけじゃないんだし」

「そうそう。手遅れだから観念して楽しめよ。ていうかこれ、実質ジュースだからな」

「……いや、俺はいいわ。炭酸苦手だし…」

 確かに、法律上問題があるわけではないのだ。もう飲んでしまっているものは仕方ない。というかもう、咲花まで乗り気であるなら俺が何を言っても無駄だ。流れに身を任せるしかない。

「じゃあこれ飲みなよ」

 そう言って橘花が俺に投げてくるのは割合小さめな瓶。危ないから瓶を投げるなという言葉は恐らく右から左。

「何これ」

「眠眠打破」

「なんで?」

「眠そうだから」

「誰のせいだよ」

「まあ俺と花霞、夕飯食べてからずっとゲームしてたもんなぁ」

「つまり自業自得なんだよね」

「夜に眠くなるのは当たり前なんだよ」

「私は普段から今くらいの時間が主な活動時間だよ」

「だから身長伸びねえんだよチビ」

 空き缶が顔面に飛来して、冗談のように良い音が鳴る。その後俺と橘花が喧嘩するのを、咲花はこれ以上ないくらい楽しそうに見守っていた。

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